第3話
「あなたは王座に興味はないのですか?」
「……まったくないわけではないが、今の環境では気が重い。それに信頼できる後ろ盾がない状態では、王妃の実家とその取り巻きたちとの権力闘争に翻弄され、実質なにもできずに国家運営に支障をきたしかねない。父は健在で王妃は若い。私の出番は、王妃が男児をあきらめてからだと考えている」
「王妃様とはそんなに不仲なんですか」
多希は尋ねながらも、当然か、と思った。ただでさえ義理関係はうまくいかないだろうに、そこに王座という途方もない権力がついてくるのだ。王妃にとってライナスは邪魔でしかないのだろう。
「私の国には空間を歪曲し、遠くに飛ばせる秘術がある。磁力を持つ石を使って魔法を発動させるのだが、一度使えば次回使えるようになるまで時間がかかる。王家に万が一のことがあった時の退避路としているのだが、今回、部下たちが私の身を案じて王宮からの退避を決断した。アイシスはそれを察し、飛ばされる瞬間、私にしがみついてきた。つまり、臣籍降下し、紳士協定を結んでいるにもかかわらず、王妃は私の死を望んでいる、ということだ。仕方のないことだと思う」
ライナスはここまで言うと、あ、と小さく声をもらした。
「なぜこの世界、タキさんの家に来たのかはまったくわからない。なんらかの偶然によって、秘術の座標がここと繋がってしまったんだと思う」
「……実は、ライナスさんたち、ウチのオーブンから出てきたと思うんです」
「オーブン?」
「はい。ここ最近調子が悪かったんですが、使用中に爆発して、煙が収まったら二人が倒れていました。すごく狭いから人間が通れるとは思えないんですが」
多希の言葉に、ライナスは手を口元にやって考え込んでいる。多希はライナスの次の言葉をじっと待った。
「秘術の発動の衝撃と、オーブンの爆発の衝撃が重なって時空が繋がってしまった、ということかな。であれば、部下たちが私たちを見つけだすことは難しそうだな」
その言葉に衝かれ、多希は身を乗りだした。
「本題の一つなんですが、ライナスさん、喫茶店を手伝ってもらえませんか?」
「喫茶店?」
「はい。さっき行ったスイーツのお店のような感じです。もともとは祖父母がやっていたお店です。でも、五年前、祖母が亡くなって、私が学業の合間に手伝っていたのですが、祖父は自分が高齢になったこと、先が見えない不安定な喫茶店を私が続けることに反対なこと、などなどがあって、介護施設に入って無理やり廃業しちゃったんです。確かに私一人で切り盛りするのは難しいなって思うんですが、ライナスさんが手伝ってくれるなら続けられます。それにライナスさんも、アイシスといる中で仕事を探して暮らしていくより、ここで一緒に働いたほうがいいんじゃないかなって。どうでしょうか」
「……それは一方的な親切ではなく、タキさん自身にも得ることがあるから、ということかな」
「そうです。お互いに利得があると思うんです」
ライナスはまたしても思案顔になり、手を口元にやって考え込んでいる。視線が上のほうを向いているので多希もそれを追った。白い天井クロスには模様がない。
さらにそこから壁に動かすと、丸い掛け時計がある。今はちょうど五時を指している。
「アイシスの学校のこととか、病気になった時のこととか、この国で住むにはいろいろ対応しないといけないことがあるんですけど、協力します。だからうちの喫茶店を存続させるために力を貸してください」
喜んでくれると思っていた多希は、ライナスが神妙な顔を崩さないことに戸惑った。
「ライナスさん……ダメですか?」
「いや、ダメってわけでは……」
「なにが気がかりなんですか?」
ライナスが、うーん、と唸る。なんとか了解を取りつけようと、多希は身を乗りだすように前のめりになった。
「もし迎えが来たりして、自分の世界に帰るようになったら私が困るとか考えています?」
「……そういうわけではない」
「じゃあ?」
なかなか押してくる多希に、ライナスが苦笑を浮かべた。見る者の目を蕩けさせてしまいそうな美麗な笑みに多希の頬が朱色に染まる。と同時に、意識が動いたこともあって少し冷静になった。
「私は今でこそ臣籍降下によって官吏として働いているが、アイシスが生まれるまでは王子として暮らしてきた。それは王位を持つ者として必要な教養と貴族の嗜みを学ぶことであり、貴族子息として最低限の剣術を身につけるという生活だ。喫茶店とやらでタキさんの手伝いができるかどうか、甚だ疑問だ。料理はできないし、掃除などもしたことがない。先ほど行った喫茶店の店員のような振る舞いもできるかどうか自信がない」
「…………」
「人は育ちが出る。私は人に頭を下げられて育ってきた。どんなに頑張っても、カバーしきれないのではないかと心配だ。大切なタキさんの客に、不遜と取られ、店の評判を落としては本末転倒だろう。もちろん励むが、できるかどうか。それにすべてにおいて、教えてもらわねばならない。それはタキさんにとって負担ではないだろうか」
思わぬ返事に多希は言葉を失った。言っている内容はもちろんだが、わずかな時間、少ない情報でここまで考え、思案しているとは。
(さっき、学業が得意で成績がすこぶるよかったって言ってたけど、この人は頭がいいだけじゃなく、聡いんだわ)
そう思う多希は勉強が得意ではない。小中高大、すべて中くらいだった。一を聞いて十を知る、とは彼のような人のことを言うのではないか、とさえ思えた。
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