第2話

 ナイフとフォークを手に取って一口分切り分ける。


「アイシス、食べてみる?」

「いいの?」

「もちろんよ。シェアはよくすることだから。どうぞ」


 切り分けたスフレパンケーキに、ホイップクリームとブルーベリーソースをかけて渡すと、アイシスはパクリと口に入れた。


「!」

「おいしい?」


 コクコクコクと何度も頷く。


「よかった」

「次はこれにする!」

「気に入ったのなら私が作ってあげるわ」

「え! タキ、作れるの?」

「ええ」

「兄上、聞いた!? タキはこんなすごいお菓子を作れるんだって!」

「落ち着け、アイシス。人が大勢いるところでみっともないぞ」


 だんだん声が大きくなってきたアイシスはライナスに注意されて首をすくめた。


「……ごめんなさい」


「まあまあ、せっかくの楽しいスイーツタイムなんだから。ライナスさん、この世界にいる間はアイシスを怒らないでやってください。アイシスには好きなことを思いっきりしてほしいから。あ、けっして甘やかしていいって意味じゃないけど……」


 多希は最後まで言えなかった。ライナスが優美に微笑んだからだ。超美形の微笑みの破壊力はすさまじい。


「心得た」


 ライナスはそう答えてコーヒーを口に運ぶ。そんななにげない所作にも目を奪われてしまう。


(育ちがいいって、こういうことなのかな。どんな小さな仕草も洗練されていて、見惚れちゃう)


 カフェでスイーツを堪能し、次は食料品コーナーに出向く。冷気が漂い、食品を冷やして長持ちさせている技術にライナスは感心しっぱなしだ。一方のアイシスは豊富な品ぞろえと、見たことのない食べ物の数々に驚いている。


 ここでも多希は二人が聞いてくる質問に答えながら、数日分の食料を買って、帰路に就いた。


 車を車庫に入れ、三人で購入した商品を運び込んで、多希だけもう一度外に出た。車をロックしてからポストの中を確認する。


「やあ、多希ちゃん」


 声をかけられて顔を上げると、常連客の前川省吾がいた。


「こんにちは」

「さっきの人が外国で知り合ったお友達だよね? お子さん、かわいいね」


 ライナスたちのことだと察した。荷物を持って家の中に入るのを見ていたようだ。


「親子で日本観光かぁ。いいね」

「あの二人、親子じゃなくて、きょうだいなんですよ」

「……え?」


 前川がギョッとしたような顔になったので、多希は、うんうん、と頷いた。


「驚くでしょ。年の離れた腹違いのきょうだいなんですって。すごく仲がいいんです。一人っ子の私は羨ましいくらい」

「…………」

「じゃあ、失礼しますね」

「あ、うん。じゃあ、またね」


 多希は軽く会釈をして身を翻した。リビングに行くと、ライナスが本を読んでいるがアイシスの姿がない。


「アイシスは?」

「はしゃぎ疲れたんだろう。居眠りを始めたので部屋に運んだ。あんなにはしゃいだ姿を見るのは初めてだし、そもそも騒ぐ子だとは思わなかった。城ではいつも物静かでおとなしかったからな」


「そうですか。楽しそうでしたもんね。あ、今、お茶を淹れるんで」

「気遣いは無用だ。タキさんがいる時でも自由にさせてもらっていいなら、これから茶を淹れるのは私の役目にしてほしいところだが」


 ライナスがリビングからダイニングに移動し、こちらにやってきた。


「じゃあ、次回からお願いします。ライナスさんにお話があるんです。ちょっと座って待っててください」


 手早くティーバックを取りだしてポットに入れて湯を注ぐ。その間にティーカップをテーブルに並べた。そして多希も席に着く。少し待ってからカップに紅茶を注いだ。


「ありがとう。いただく」

「どうぞ」


 やはりライナスは礼儀正しく、所作が美しい。


「それで、話とは?」


「いくつかあります。ですが、答えられないことはダメだと言ってくださって結構です。王妃様が妊娠中で、生まれてきた子どもの性別次第でアイシスの立場が変わるのは、男の子だったらアイシスが王位を継ぐ必要がないから、ですよね?」


 ライナスは頷いた。


「王妃は国民を欺いている。よくないことだ。が、アイシスが女だと知れれば、ますます私を推す者たちの勢いが増す。それを避けるために男だと偽っている」


「それは成人している王子がいるのに、幼い子どもに継がせることはない、ということですか?」

「それもある。だが、私が勉強好きなところがあだになっていてね」

「勉強?」


「ああ。学業が得意で成績がすこぶるよかったものだから、この男に国を継がせるのがいいだろうと考える有力貴族がいるんだよ。上位爵位の家柄とか、爵位は下位でも財力のある家柄とか。王妃は見栄えを気にする人だから、散財がひどくてね。しかも実家は公爵家なのだが、あまり評判がよくなくて」


「それは周囲の人のほうが正しい判断じゃないのですか?」


「前にも言ったが、私の母は庭師の娘だ。成績が重視される職業もあれば、出自が重視される職業もある。国王という位は後者がふさわしい。私のような国王の落胤は、なるべく権力から遠いところに居た方がいい」


 そうだろうか。多希は納得できず、わずかに首を傾けた。


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