第18話
私は泣いていた。
泣いているのが自分だと気が付くのに時間がかかった。
今日は父親が珍しく家にいた。
嫌な知らせだった、使用人から伝えられた事実に「そう」とだけつぶやいて目の前を去っていったことだけは覚えている。けれど気が付いた時には私は泣いていた。目の前に父親がいる。そして一冊の紙の束を持っていた。
思い出した、あの紙が父親に見つかってしまったのだった。とりもどさなければ、いやでもここで取り返したところでどうせそのうち小説が書けなくなってしまうのだから、書くことを許されなくなるのだからこれを取り戻したところで何か変わるのだろうか。
いやそうじゃない、あの小説を消されるのは嫌だ。何回消されたかわからないけれどどうだっていいけれどやっぱり許せない。
父親が耳打ちをしてくる。次は無いそうだ。
次は無い?次は無い……ああ、まずい。なら取り戻さないと。叫ぶ、それを返してくれと、私のものだと。私の論理的な説明も説得も要求も交渉も、この人には通じそうもないけれどできる限りの言葉を並べる。
ああ、今の自分は本当に醜い顔をしているだろう、これを燈火あたりに見られでもしたら笑ってくれるだろうか?きっと笑ってはくれないだろう。
腹を殴られた、痛い、胃から何かが登ってくるいつもの感覚が来る。手を伸ばす、あれを取り戻さなければ。
ああ、破られてしまった……どうしよう、パソコンにデータは残っていないだろうしまた書き直しだろうか、次は書けるだろうか、いや、書けるだろう。私なのだから何があろうと関係ない、私は死ぬまであと一年は書き続けるのだから。
こんな私が書けないわけなどないのだから。一度死んでいる私は書くことをしなければならない、書けないのに生きながらえる私に意味などないのだから。
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