自殺少女と死にたがり少女は息をする。

モコモコcafe

第1話 プロローグ

 特に仲のいいわけでもないクラスメイトと出かけた。

 どこかに遊びに出かけたとかではない。目的を話すと大体の人に驚かれてしまうと思う。

 世間一般的に言えばあまり褒められるようなことではないのだろう、けれど仕方ない自分がそれを望んでしまっているのだから。


『私たちは自殺をしに来た』


「燈火さん本当にいいのね?」


 沙織が聞いてくる。

 地上十階の屋上、一歩踏み出せば落ちてしまうような場所。そんな場所で何事もないように遠くの景色を眺めて、風にはためく黒髪を押さえている。


「大丈夫」


 私が震える声で答えると沙織はおかしそうに笑った。

 少しイラっとする。けど、普段学校では本を読んでいる印象しかないから誰も知らない沙織を見ているようで少し特別な気分ではあった。


「この間はいきなりだったから痛みを感じなかったと思うけれど、今回は事前にわかっているのだし鮮明に感じるかもしれないわね」


 何を言うんだと思い、沙織のほうを見る。


「……何でわざわざ怖がってる人にそういうこと言うかな」

「だって面白いじゃない」

「性格悪いね」

「ありがとう」

「誉めてない」


 声が震えているのはばれていないだろうか。


 普通怖がってる人間には大丈夫だとか頑張れだとかそういう励ましの言葉を入れるべきだと思うんだけど、とは思う。だけどそれは本当の沙織なのだと思うわけでそこまで嫌でもない。むしろ少しは落ち着いてきたかもしれない。


 落ちないように慎重にのぞき込み眼下を見る。

 下では休日ということもあり、車が多く往来していて、豆粒みたいな人たちがたくさん歩いていた。

 ここから飛び降りるということを考えると本能がやめろと警告を鳴らす。心臓がどくどくと早い。胸をつかんで落ち着かせるように深呼吸する。

 心臓の音がうるさい。


「そろそろいいかしら」


 私の恐怖を知ってか知らないか沙織は催促する。

 怖いけどおそらくここでやらなければ今後も一生自殺なんてできない。

 覚悟を決めるように瞼を閉じる。


「いいよ、いこ」


 事前に決めていた通り二人で向かい、お互いの手を絡み合わせるようにして手をつなぐ。左手には離れないようにロープで縛られていて、落下中も私たちの手が離れてしまうのを防いでくれる。


「いい?絶対に私の手を離さないで、離したら多分あなたは死ぬ」


 改めて伝えられた事実にごくりと唾をのむ。

 私を見つめるルビーのような赤い瞳は本気そのもので、これで手を離したらなんてことを考える余地を与えないほどに、その言葉に力がこもっていた。

 そんな言葉を聞けば自然と手にも力がこもる。


「行くわよ、3……2……1……」


 沙織のカウントのタイミングとともに倒れこむように落ちる。

 体がとどまろうとするせいなのか、恐怖によるものなのか、足が地面から離れ、落ち始めるまでの時間は異様に長く感じられた。

 その後落下に備えて瞼を閉じるまでに見た沙織の顔は、なぜだか少し悲しそうで、理由もなく記憶にこびりついていた。




 体に衝撃が走った。

 熱い。

 痛いというよりもそう感じた、強烈な熱に全身を焼かれたような。


 条件反射的に目を開ける。

 屋上、その一角で、ぺたんとへたり込むように地面に座っていた。

 思わず苦しくなってせき込む。

 心臓がどくどくと今まで感じたことが無いほどに脈を打っていて、痛い……視界が明滅するほどでとにかく痛かった。

 思わず左手で胸をつかもうとしたけど、何かに引っ張られて動かせない。代わりに右手でつかむ。

 少しずつ心臓の痛みは消えていく。


 痛みが引いていくにつれて平静も取り戻し、引っ張られたのはなんだったのかと左腕をなぞるように見上げる。見れば手首が誰かの手とロープでつながれていて 、その先では沙織が何事もないように見下ろしていた。

 その時になってやっと思い出す。


 ああ、私は死に戻りをしたんだ。


「最初はそんなものよ」


 沙織は私とは違い少し息が上がっている程度で何事もなく言う。

 しゃがんで目線を合わせると私の額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐってくれる。

 今までは優しくなかったくせにこういうところでは優しいんだなと意外に思う。

 しまわれるときにみたハンカチは、白い布に赤薔薇が刺繍されているシンプルなもので大人っぽい印象を受けた。


「よくそんな、何でもない風でいられるよね。結構痛い……というより熱かったけど」

「慣れているから」


 沙織はロープをほどきながら答える。

 あの感覚を慣れているからの一言で片づけられるのは正気を疑う。

 だって、気絶するかと思うほどの痛みだった。全身が引き裂かれるような強烈な痛み。さすがに慣れで説明できる痛みではない。

 私には一生なれそうもない痛みだと思った。


 沙織に差し出された手を取ると立ち上がり椅子に腰かける。


「いまさら野暮かもしれないけれど、なんであなたのような充実していそうな人がこんなことをするの?」


 充実?ああ、そういうことか。

 頭の働かない中、急に言われてすぐにはわからなかったけど、沙織の言っていることは恐らく学校での様子のこと。それに気が付いてから「ああ、やっぱり性格が悪い」と沙織を見上げながら思った。


 たぶん昼の問い詰めの延長なんだと思う。

 友達と笑いあいながら昼食を食べ、放課後は時々寄り道したり、休日になればどこかへ行ったりして、そんな学校でのことを言っている。

「私にもあるんだよ、いろいろ」

 そっけなく答えると沙織も「そう」とだけつぶやいた。

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