拝み屋

@camposanto

拝み屋

 不動産屋に依頼された拝み屋がやってきた。膝まで届くマトリックスめいた

黒い外套を纏い、ジュラルミンで補強された大きな桐のケースを携えている。

 「あれが例の家だな」

 拝み屋はそういうと呪わしくも愛しい30年ローンの我が家を藪睨みした。

 「ええ、そうです。わたしたち家族が引っ越してからというもの、毎晩のようにポルターガイスト現象がおき、家具は宙を舞うわ、皿という皿は棚から飛ぶわ、包丁が妻を追い掛け回すわ、冷蔵庫が娘に襲い掛かるわ、しまいには壁から血が流れるわでとんでもない不良物件なんです」

 拝み屋はわたしに一瞥もせず、持っていたケースを開いた。中には拳銃と散弾銃が一丁ずつと卍型の手裏剣が数本と一振りの太刀が入っていた。拝み屋は拳銃と散弾銃を脇に吊ったホルスターに納め、手裏剣を着込んだ鎖帷子に収納し、太刀を背負った。そして懐から戸愚呂弟めいたサングラスを取り出しかけた。

 「祓うのは俺だ」

 わたしたちが家に入るいなや宙を舞う家具が拝み屋を襲い、拝み屋はベイブレードのごとく宙を回転してかわし、続けて飛んできた皿をミット打ちするメイウェザーめいた動きで避けた。さらに休む間をあたえず襲い来る包丁の群れを背中の太刀を抜いて弾き返し、型落ちの冷蔵庫を一蹴りして血を流す壁にめり込ませた。

 拝み屋は太刀を床に突き刺し両手を柄に添え顔をややうつむき加減にするという、エルデンリングでちょっと遠目にある扉の前で待っているなんか強そうな敵めいたポーズでフリーズした。

 そのとき、家が揺れた。マグニチュード8はあろうかというものすごい揺れだった。とても立っていられなくなったわたしは床に伏せ恐怖に震えたが拝み屋は微動だにしなかった。

 屋根が吹き飛び壁が外を向けて倒壊し地割れが起き家は真っ二つになった。するとその割れ目から地獄の亡者どもが現れた。

 亡者が微動だにしない拝み屋に襲い掛かろうとした瞬間、いつのまにか拳銃の銃口が亡者のひたいに突きつけられていた。最後のラッパめいた発砲音が鳴り響きわたしは身をすくめ、亡者は青い炎につつまれ塵に帰った。

 拝み屋は割れ目からあふれ出てくる亡者どもを次から次へと撃った。正面から襲ってくる亡者を左手はポケットに添えたまま片手で撃ち、左後ろからの亡者を左わきの下を通して撃ち、顔はそのまま左を向いたまま、あたかもわざとらしくそっぽを向いてノールックパスをするロナウジーニョめいた仕草で右からくる亡者を撃った。撃たれた亡者は一人の例外もなく塵に帰った。弾が尽きると散弾銃を抜いてぶっ放した。

 銃声がやみ静寂が訪れた。硝煙が晴れると拝み屋の姿が現れた。

 「茶番は終わりだ」

 そういうと拝み屋はわたしに向けて太刀の切っ先を突きつけた。

 わたしは、というよりわたしに憑依した古代の悪霊は無慈悲にもわたしの体を古代の超呪術によってトランスフォームせしめると、わたしは一匹の巨大な獣になった。全身醜いこぶだらけの、、、いや視覚的イメージは伝えたくない。それくらいの恥辱は残っている。

 拝み屋は太刀を地に刺すと黒い外套を脱いだ。そしてその生地を裏返した。目の覚めるような光が一瞬あたりを照らす。それは黒とは対になる純白の裏地だった。拝み屋は反転した外套を纏うとわたしへ背を向けた。ウイリアム・ブレイクめいたポーズを取る背には青い五芒星が染め抜かれていた。

 清浄な光が五芒星から放たれる。わたしの中の悪霊はおびえたじろいだ。拝み屋はわたしの脳天に太刀を突き刺すと獣の体は溶け、ちっぽけなわたしとその中のちっぽけな悪霊が残った。

 「さっさとその男から出ていけ、さもないと」

 拝み屋は太刀を突きつける。観念した悪霊はわたしから抜け出て地の底に潜っていった。


 装備をふたたび桐の箱に納め、帰ろうとする拝み屋に聞いてみた。

 「またあの悪霊は出てくるのでしょうか」

 拝み屋は背を向けたまま顔だけをこちらへ向けていった。

 「そのときはまたおれを呼べ」

 雲間から光が差し込み、吹きわたる風が勝利の歌を歌った。

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