ショート「星が綺麗ですね」

ゆずりは

星が綺麗ですね

――今夜も月が見えない。

人の姿をした狼の僕と、地上に降りた月の君。

月に愛され、縛られる私たちが会えるのは、新月だけ。


今日もまた、お別れの時が近づいている。

繋いでいた自分の手が狼に変わり始めて、君の肩から袖にかけて羽衣が現れたのをみて、2人同時に、ゆっくりゆっくり離してく。

君は泣きそうになりながら堪えるように笑いかけてくれるから、僕もぎこちなく笑い返した。

羽衣は、つければ全てを忘れてしまうらしいが、この羽衣だけは、完全じゃない。

羽衣の形がはっきりすると、僕が傷つけた綻びが目に入る。

この綻びさえあれば、僕のことだけ、月に帰っても忘れないという。

その傷を確かめるように2人で頷き

「「またね」」

と同時にいった。


新月から少し満ち始めた月の光が細くできる。

君は月の光を道のように、のぼってゆく。

僕は月の光が当たったところから狼に変化してゆく。

振り返った君は、光に包まれていて、僕は4本足の後ろ足を地につけて座りながら見上げた。


月の言葉は狼の耳には聞こえなくなり、狼の声は月の君には動物の鳴き声となる。

狼の鳴き声は月の民には理解出来なくなり、月の君の声は狼の僕には、楽器のように聞こえる。


「星が綺麗ですね」

と言った僕の遠吠えに

「星に願いは届いています」

と聞いたことのない楽器の音が鳴った。


お互いの声も、音も、耳には届かないけれど、どこか恋しく鳴く声だと、どこか心に残る音だと、そう思いながら、どこまでも互いの姿が見えなくなるまで、見送るのだった。


―完―

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ショート「星が綺麗ですね」 ゆずりは @yuzuriha-0102

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