金髪エルフに押し売られた伝説らしい金りんご、どうやら曰く付きの本物だったっぽい

わさび醤油

酒とエルフと旅立ちと

伝説らしき金のりんご、一つたったの二千マニー

 金のりんごなんてものは存在するのだろうか。

 そんな風に問われれば、つい昨日までの俺は尋ねてきた相手を心底笑って答えを返していただろう。


 読んで書いて字の如く、表面の皮が金色に覆われたりんご。中身は白いのか金なのかは定かではないが、それでも限りなくきんきらきんなりんごの果実。

 あるわけがない。りんごは赤か青、はたまた青という名の緑。そして金色のモチーフであろう黄色、その四つだけなはずだ。


 なんでも食べれば不老不死を得られるとか、はたまた巨人にも勝るパワーが手に入るとか、万象を手中に収めるほどの魔力を手にできるだとか、女の子にモテ放題で選び放題だとか。


 まあ色々と噂はある、伝説の中の伝説の一つ。聖剣やら魔の杖やら真実の鍵やらと同じ、もしも存在し更にはそれを手にすれば、それはもうウハウハな人生が約束されるような至宝。金のりんごもそんな分類に属する物の一つなはずだ。


「ほらほらそこのかっこいいお兄さん。この黄金に輝く果実、どうか一つ買っていかないかい……?」


 だというのに。

 そこの露店の店主はきらきらと光る、その伝説のりんごらしきものを見せつけるように手のひらに乗せ、怪しげな手招きと誘いでこちらを誘惑してくるではないか。


 きょろきょろと周囲を確認するが、他に立ち止まろうとする者もおらず。

 一応の確認だと自分を指差せば、その外套の店員はこくりと首を縦に振ってくるではないか。


 なんということだ。

 あの店員さんのご指名は俺というわけだ。これはまたお祭りらしい非日常。今日はまだ、酒に手を付けた覚えはないんだがな。


 まあ見るからに、何なら確定的に絶対に怪しいのだが、まあ今日は年に一度の賢者祭。

 催し物などいくらでもあるのだし、せっかく指名されたのだから、これも何かの縁だと思ってあの店員さんの誘いに応じてみることにしようか。


「あー、随分と熱烈なお誘いだ。繁盛してる?」

「おかげさまで。何とお兄さん、貴方が栄えある一番目のお客様さ」

「あー、だろうね」


 簡素な樽に置かれた金のりんごが三つ。そして店員さんが手に持つりんごが一つ。

 しめて四つの金りんご。改めて見ると露店というには見窄らしすぎる。大変失礼だが、売る気がないと言われても仕方ないような出店だ。


 しかし顔は見えないけれど、店員さんの美しい声と白く細い手。何よりそのりんごに負けないたわわなお胸から店員さんの性別は分かる。

 女。それも相当な上玉な女性。男であればまず声を掛けずにはいられない、まさに天がもたらした極上の宝だ。

 一度ひとたびその外套を脱ぎ去れば、その美貌でその胡散臭い金のりんごでさえもたちまち千金へと化けることだろう。

 これまで三度の失恋を経験した俺の勘が囁くのだからきっと間違いなどではあるまい。……やっぱそうじゃないかも。

 

「お兄さん、別に売り上げは肝心じゃないんだ。これは試練であり機会なのだから。お分かり?」

「あーうん、お分かり。実にお祭りらしいね。いいね」


 なるほど。どうやら気に入った人間にのみ姿を現わす、今日はそんな設定らしい。

 いやはや恐れ入った。そして気に入った。お祭りらしくて大変に楽しい催し、そういう商売も悪くない。

 正直欠片も信じちゃいないが、ここは乗らなきゃせっかくの楽しい一日にけちがつきそうだ。まあ買うかどうかは……流石にまだ決めてないけど。


「このりんごはね? 伝説の孤高の賢者スゲーナ・ウソダケドが死に際に魔法をかけたという黄金に千年漬けられたりんごでね? 選ばれし者が食べればたちまち老いず死なず、そして強靱な肉体を手にすることが出来るのさ」

「なんと、あの伝説の孤高の賢者スゲーナ・ウソダケドがっ!?」

「そうとも。太い指一本で百度大地を割り、たくましき声で百度竜を宥め、百の魔法を世に伝え、百人の妻を娶り満足させぬ夜はなかったというあのスゲーナ・ウソダケドさ」


 スゲーナ・ウソダケド。それは多分この国の誰もが、或いは世界中でも多くの人間が知っているであろう大偉人の名前だ。

 武芸や魔法や生活様式、価値観や文化など。

 かつて国が一つだった頃、欠けた種族はなかったという百人の妻と共にあらゆる事柄を発展させたとされる世界最大の英雄様。

 今の世の中、大体のことはこのスゲーナ・ウソダケドが遺したものが基盤になっているとさえ言われているほど数多なものを伝えたという伝説の孤高の賢者。子供から大人まで、この国ならず全ての国の王族すらも敬意を払うほどの人物だ。

 そんな偉大な男によって生み出されたという金のりんごがあるとは。うーん、これはまたびっくり仰天だ。

 

「妙な巡りでこれが私の下へ回ってきてね。だが私は不死にも最強にも大金にも興味がない。そしてこれを大々的に世に出し、世界に混乱を招きたいわけでもない。だからこうして私のお眼鏡に叶った、資格のありそうなお兄さんに売ろうとしているのさ」

「へえ。資格ねぇ」

「そうさ。実に私好みな顔と魂。一目見て理解したよ。お兄さんはこのりんごに選ばれるに相応しい、あのスゲーナ・ウソダケドすら凌駕する才を秘めた男だとね」


 へ、へえ……。美人(仮)にそんなにべた褒めされちゃうと照れちゃうんだけど……。

 まいっちゃうなぁ……。やっぱり分かる人には分かっちゃうかなぁ、でも悪い気はしないなぁ。

 

「そ、そうかなぁ。そんなことないけどなぁ。……ちなみにそのりんご、いくらなの?」

「あぁ、本来ならば値も付けられないこの金のりんご。だがお兄さんを見込んで特別さ、二千マニーでどうだい?」

「に、二千マニー。うーうーん、そいつぁちょっと高いんじゃないかなぁ?」


 に、二千マニーか。ちょっと奮発した夕食二回分、そこに酒まで付けてしまえる額じゃないか。

 いやー流石に迷うなぁ。どんなりんごであれ、正直りんご一個にそこまで払うのはちょっとねぇ?


「お兄さん、人生ってのは巡りと掴みが全てなのさ。またとない転機、一口囓れば英雄になれるかもしれない。その腕で竜を狩り、その足で秘境を巡り、その体で極上の女を手に入れられるかもしれない。あのスゲーナ・ウソダケドにも負けないほどのモテモテになれるかもしれないんだ。そう考えたら、五日ほど酒を我慢するなんて安いものじゃないかい?」

「モテ、モテ……」

「そうさ、モテモテさ。……そしてこれは独り言だけど、私は明日にはこの町を去る気でね。ここを逃せば、恐らくもう二度と巡り会うことはないだろうね」

「モテ、モテ……!」


 モテモテ。それはつまり、女の子から引く手数多な良い男ということ。

 我が十七年の人生において、女の子に惚れて告白すること実に三回。

 その全てを見事に振られ他の男に持っていかれた俺からすれば、その名誉は喉から手が出るほど欲しいものであった。


 嗚呼、農家の一人娘のミッシェル。

 踊り子のジーナ。

 旅芸人のロータリア。


 失恋というものは思い出すだけで辛くなってしまう。時が心を癒やすまでの間、毎日のように枕が濡れてしまっていたよ。是非とも女々しいと笑うがいいさ、どこかで頑張っているであろう我が妹よ。


 ともかく! 

 そんな俺的には剣とか魔法の才能が欲しく訳ではないが、そこだけはどうしたって無視できない。

 例えこの商売文句が、おおよそ常識通りに真っ赤な嘘だったとしても。

 その魅力溢れる四文字に縋りたいというこの気持ちに嘘偽りなど微塵もなく、むしろ信じなければ損だとすら思い始めているちょろい自分がいたりする。


「なーにたったの二千マニーだ。祭りの熱で溶かしたとしても、次の年には笑える話になっているだろうさ。……けれど私としては、この巡りこそが運命だと直感していてねぇ。是非ともお兄さんに買ってもらいたいと思ってしまってるわけなんだよね」

「お、おふう」


 そう言いながら店員さんはいつの間にか俺の前から真横へ。

 そしてぽよんと腕に、いいや心という名の全身を包み込んだまさに未知の感覚。

 嗚呼、柔らかい。そして温かい。

 人の温もりとは、人の温かさとはこのようなものであったのか……って違うぅ!

 おっぱいじゃんこれ! ちらちらと見えていた彼の大きなお胸じゃん! 

 もしやハニトラ!? 後ろから危ないマッチョ共が出てくる前振り!? おのれ悪人共め、そういうのはお酒入ってるとき以外は通用しないぞぉ!?


「ふ、ふーん! ま、まあそこまで言われちゃしゃーない。か、買っちゃおうかなぁ……?」

「……ふふっ。そうかい? それはとても嬉しいね。うん、待った甲斐があった」


 何かを呟いた後、おっぱ……店員さんは俺から離れていき、目の前で自らの頭巾に手を掛ける。

 そして晒されたその顔を見た瞬間、俺は思わずどきりと心臓を大きく跳ねさせながら、人生で初めてだってくらい大きく目を見開いてしまう。

 

 黄金のように光沢を帯びた、陽の光を詰め込んだ小麦のような金の髪。

 双眸は左右異なり、右には覆い隠す髑髏の眼帯に、そしてもう一方には太陽に透き通る碧い瞳。

 瑞々しく艶やかな、けれど下品に思えないほど自然な薄桃色の唇。

 そして右の耳に雫の形をした銀色のピアスと小さな紅色の宝石を付けた、俺とは違う横長の三角耳。


 そういう耳をした存在を、そういう美を持った存在について俺は酒場かどこかで聞いたことがある。

 かの伝説の孤高の賢者が、悪名高き魔王が、始祖の龍が存命であったとされる古き時代。その時代から生きるとされた超常種。

 その者、滅多に人前には姿を現わさず。されど当たり前のように人の世に混じる、まさに人ならざる人。

 そして愛する人にのみ信頼の証としてその正体を、誇りである三角耳を晒すなどという種族がいることを。

 

 だがそんなことはどうでもいい。

 雷鳴が目の前に轟いたような衝撃。恋に落ちるとはまさにこのこと。

 例え相手が人間であろうと伝説のエルフであろうと、今俺が言葉にすべき思いは、たった一つだけ。

 

「き、綺麗だ……」

「ありがとう。さあ、どうする?」

「買う買う、買わせていただきます。むしろ買わせてください」


 四度目の恋の到来に、俺が出せるのはたった一言。

 それも生まれて初めて心の底から、そしてありったけの本音を。

 それを聞いたエルフであろう彼女は魅入ってしまいそうなほど綺麗な笑みを浮かべ、それから顔を隠し直してこちらへ手を差し出してきたので、つい慌てて懐から財布を取り出してお金を払ってしまう。

 

 しかしエルフ、伝説のエルフ。

 そんな女性が持ってきた金のりんご。……まさかこれ、本物だったりする?


「……ふむ、毎度あり。どうだい? 今ここで囓り、英雄の誕生を私に見せてくれるというのは」

「あー、剥かなくて大丈夫? ……千年ものの黄金って、食べた後にお腹を壊したりしない?」

「何の心配もいらないさ。何せその金はスゲーナ・ウソダケドの魔法が掛かった黄金! むしろ皮ごといかない方が

「そ、そうだよな。何たってあのスゲーナ・ウソダケドの魔法だもんな。……よしっ」


 滑り込ませるようにこの手のひらへと置かれた金のりんご。

 触り心地は思っていたのとは異なり、つるつるとした鉄や金の肌触りというわけではなく。

 むしろどことなく冷ややかではあるがそこいらのりんごと何ら変わりなく、そこが一層の違和感を引き立てている。

 

 ……これ本当に食べれるのかな。

 実は普通に毒だったりしないよな。金を食べたら金になってしまった老人の話とか、昔どっかで聞いたことある気がする。


 大金叩いて買っておいて何だが、やはりどうにも食べる気にならない金のりんご。

 けれどエルフの彼女はそれを食べろと急かしてくる。残念ながら皮は剥いてはいけないらしい。

 彼女の隠れているのに感じる目力に根負けした俺は、意を決してりんごを鼻に近づけてすんすんと嗅いでみる。

 匂いは臭いではなく、ごく普通のりんごのそれ。腐臭なんてまるでなく、むしろ青さと甘さが何とも心地好い。

 ペロリと軽く舐めてみるが、そこには食べたことのない金の風味などはまるでなく、まるで普通のりんごと変わりのないお味と舌触りでしかない。

 

……仕方ない。拒否する理由もなくなってしまったし、ここはもう諦めていってみるか。

 本物だったら儲け物。最悪偽物でも腹痛で済むだろう。

 こういうのは思い切りが大事と、かのスゲーナ・ウソダケドも言っていた。どうせ腹痛は今日ではなく明日に来るのだから、ここで躊躇っても仕方ない。


 ええいままよ。そんなわけでガリィ! ……!?

 嘘だろ? このリンゴ、実に甘くて瑞々しい! 千年物とは思えないほど鮮度がいいぞぅ……っ!!


「どうだい? 何か思い出したりしないかい?」

「思い出す……? いや、特に何も?」


 普通に美味しいし、そもそも中は金でも何でもなく普通に白い果実だったので。

 いまいち意図の掴めない問いに答えつつ、二千マニーの重みを切に感じながら味わっていく。

 まあ美味い。新鮮なりんごだから美味いんだけど、やっぱり二千マニーは高すぎだよなって。

 別に金の皮の部分が特別美味しいとかそういうわけでもないし、特別な力なんて塵一粒程度も湧いてくる感じもない。

 やっぱりお祭り用の偽物なんだろうな。

 まあ現実はそんなに甘くないよな。例え店員さんがエルフだったとしても、金のりんごなんてものが実際に存在するなんてないわけで。

 

「……そうなんだ。残念だな」

「ごちそうさま。美味しかっ……あれ?」


 ぺろりと食べ終えて。

 まあ何だかんだ美味しかった感謝と、そしてこれから時間はないか尋ねようと彼女の方を向いたのだが。

 そこにエルフの彼女なんて人はおらず。更には樽の上に置かれていた数個の金りんごもなくなってしまっている。

 まるで最初から何もなかったかのような目の前に、どういうわけだと俺は大きく首を傾げてしまう。

 

「おいあんちゃん。そんな所に突っ立ってなにやってるんだ?」

「え、いやここに金のりんごを売っていたお店が──」

「なーに言ってんだ? この三日、ここには店なんてなかったぞ?」


 やれやれと呆れんばかりに首を振り、「酔いすぎには注意しろよ」と残し老人は立ち去っていく。

 

 最初からなかった?

 ……んな馬鹿な。ならばこの手元に残ったりんごの芯は何だというのだ。

 けれどそんな疑問に答えてくれる者は誰もおらず。ただただ理解不能な現在に、俺はその場で立ち尽くすのみ。


 結局悩めど悩めど答えは出ず。そしてそのまま祭りは終わり、俺は元通りの日常へ。

 

 この一件が、この実にくだらない一幕こそが。

 俺のながーくながーい、大変だけど楽しいこともたくさんな冒険の一歩目となるわけだが。

 

 結局のところ、この時の俺にとって真実だったのは三つだけ。

 何だかんだ完食したりんごは美味しかったこと。

 俺のお財布からは確かに二千マニーが消えていたこと。

 それと人生で四度目の恋は一瞬で終わってしまったのだと、それだけであった。


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