イエローカード

「イエローカード通報制度」がスタートした。

「成人男女全員に『イエローカード』を配布し、犯罪やトラブルに関する通報をしやすくする制度」だ。


「イエローカード」にはICチップが埋め込まれていて、対象にかざすと同時に警察へ連絡が行き、必要に応じて警察官が現場に派遣される…という仕組みだ。

「この制度を利用することで、犯罪やトラブル発生抑止の一翼を担う」ことを期待しているそうだ。




ある日のこと。

駅のホームで「痴漢!」という声が聞こえてきた。

俺はすぐその場に向かい、「痴漢」と呼ばれている男の前でイエローカードをかざし、早速警察に通報した。

痴漢を働くような男に、同情の余地などないのだ。


別の日。

繁華街から少し離れた街角で、ちゃらちゃらした服を着た女子が誰かと電話をしていた。

その会話の中で「パパ」という単語が聞こえてきた。

パパ活女子に違いない。

俺はすかさずその場に駆け寄り、イエローカードをかざした。

パパ活女子など滅んでしまえ!


また別の日。

近所の公園で、赤ん坊を虐待している母親に遭遇した。

声も出せないほど泣いている赤ん坊の背中を、力一杯叩き続けていたのだ。

俺は速足で母親に駆け寄り、イエローカードをかざす。

すると程なく警官の姿が見えたので、俺はその場を後にした。

子供に暴力をふるう親など、この世からいなくなってしまえばいいんだ!




そんなある日。

今日も犯罪やトラブルがないか見回っている俺の前に、突如人影が現れた。

この間イエローカードで警察に通報した「痴漢男」「パパ活女子」「虐待ママ」だった。


…警察に捕まっていたんじゃないのか?

そんなことを考えていると、

「やっと見つけたぞ」

と、痴漢男が口を開いた。

それを皮切りに、三人が俺を激しく責め始めた。

「あの痴漢は冤罪だったんだ。相手が白状した」

「あの電話は本当に父親と電話してたのよ?普段から『パパ』って呼んでるのに一体何なの?」

「あの子は喉におやつを詰まらせていたから、背中を叩いて吐き出させていたの。あなたのせいで命が危なかったのよ!」

と、口々に俺を責めたてた。

そして三人が申し合わせたように

「何が起きているかも解らずにイエローカードを出すような人は…」

と言うと俺の目の前にイエローカードを突き出し、三枚のカードが目の前に並んだ。


何が起きたか解らないでいると、

「あー、これは累積レッドだねぇ」

という声が後ろから聞こえてきて、振り返ると怖い顔をした警察官が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る