恩を忘れない猫

朝、アパートのゴミ捨て場で猫がカラスにいじめられていた。

ちょっとかわいそうだったから助けてあげたら、少しけがをしていたので手当てをしてあげた。

すると消毒液が少ししみたようで、猫は「ひぎゃあ!」と一声上げながら少し暴れて、ベランダから飛び出して行った。


その日の夜中。

誰かに呼ばれるような声がしたので目を覚ますと、今朝助けた猫が枕元に座っていた。

『やっと起きたか。ずいぶんと眠りが深いのだな』

「猫がしゃべってる…夢か」

『寝るなー!』


翌朝、目を覚ますとまだ猫はいた。

猫曰く

『カラスから助けてもらったお礼と恩返しをしに来た』

だそうだ。

どうやら昨夜のことは夢ではなかったようだ。


『さぁ、なんでも望みを言うといい。何かないか?』

「特にないなぁ」

『欲がないのだな』

「ていうか、今思いつかないだけ?」

『そうか、では思いついたら知らせてくれ』

そう言って猫は、昨日と同じくベランダから出て行った。


猫が毎朝望みを聞きに来て、アパートのベランダで

『何かないか?』

「ないなぁ」

と繰り返すのが日課になったある日。

『ん?あの女が気になるのか?』

毎朝通りがかる一人の女性への視線に気づいて、猫が聞いてきた。

「気になるというか、素敵な人だなぁって」

僕がそう答えると、

『あの女とお近づきになりたいのか?』

猫は聞いてきた。

「そうだなぁ…お近づきというか、知り合いになれればいいな、とは思うかな」

『そうか…』

猫はそう言っただけで、話はそれで終わった。


次の日から、朝に来ていただけの猫が一日じゅう部屋に入り浸るようになった。

『一日じゅう張り付いて、お前の望みを探してやる』

だそうだ。


そんな暮らしが一週間ほど続いたある日、

『何か気になることでもあるのか?浮かぬ顔をしているぞ』

猫が聞いてきた。

「あぁ、『彼女』の様子が少し変みたいでさ」

ここ数日、毎朝見かける「彼女」の様子が沈んでいるようで少し気になっていたのだ。

それを聞くと、

『じゃあ俺が解決してやろう。俺をあの女の所に連れていけ』

突然そんなことを言った。


少し状況が理解できないでいると、

『実は俺はあの女の飼い猫でな、少し家を留守にしていたのだ。きっと俺のことを心配しているのだろうな。これでお前への恩返しもできそうだ。さぁ、俺をあの女の所に連れて行け』


そう言いながら猫はぴょんとジャンプして僕の胸元に飛びつくと、大きな声で「にゃあー!」とひと鳴き。

その声に気づいた「彼女」と、僕の目が合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る