第29話 海辺町の長すぎる夏休み

 夏の朝。

 防波堤の上で、釣り糸を垂らす黒猫を見かけたので、問うてみた。

 いつもより無表情。だいぶ表情豊かになってきたのは、お姉ちゃん達と賑やかにしているからだろうけど、今は無表情。というかなんとか狐みたいに世の無常を悟りきってる感じ。あ、欠伸した。

 そんな欠伸も冗談みたいに綺麗に見える。夏休みに入ってからこの町に突然やってきたシズカという女の人。黒髪がとても綺麗で、髪色が少し茶色の私はちょっと羨ましく思ってる。いつもどこかに赤色の髪飾りをつけていて、勝手に流れ出しそうなさらさらの黒髪をキュッと纏めていて印象的だ。

「釣りだよ」

 それが私の問いへの答え。

 いつもと違う、投げっぱなしの口調にびっくり。適当にあしらわれているのではない。だってシズカさんはシッカリ私を見て話してくれているもの。

「ああ、ごめん。いつもの口調も、こういう口調もどちらも素の私だよ。気に入らなかったら変えるけど?」

 私は首を振り否定する。

「釣れてるの?」

「釣れないねぇ。……リクトとかヤオハチとかが簡単に釣ってるからやってみたけど、難しいのね」

「だからそんな渋い顔?」

「最近は表情が分かりやすくなってきたと評判のシズカさんだよ」

「ねぇ」

「ん?」

「この前はありがと。助けてくれて。それと、多分だけど、餌付けないと釣れないと思う」

「エサ……」


 その場では別れたけど、多分あれは、シズカさんは今ピンチだ。何となくそう感じた私は、お母さんに相談することにした。色ボケのゆうきとか、取り巻きとかには相談できない。

「それなら美保、シズカさんをお昼ご飯に誘ってみなさい」


 急いで戻ると堤防の上には、黒猫の死体があった。

「鳥がね、こうしてたら突っつきにくるんじゃないかって」

 鳥のクチバシって結構痛いんだけど。家の鳥に甘噛みしてもらえるようになったのも最近だ。今までは噛むか突っつくかの二択だった。

「それよりも、お昼ご飯、うちに食べに来ない?」

 跳ね起きるシズカさん。

「い、いいの?」

「うん」

 美人なシズカさん。でもこの時の目は怖かった。

「着替えて、お昼頃にお邪魔するわ」

「わたしんち知ってるの?」

「ん?ヤオハチの隣でしょ?私は何でも知ってるのよ。誰かさんが窓からヤオハチお兄ちゃんを眺めてたりしてるのもね~」

 シズカさんって思ってたよりはガキなのかもしれない。

 

「呼んでおいて素麺でごめんなさいね」

「いえそんな、私こそ図々しくも頂いております」

 シズカさんは座る姿も食器の使い方も綺麗だ。私も家のお仕事上、上手に使うことに自信はあったんだけどな。

「シズカさん、おはしとか練習したの?」

「ん?したよ~めっちゃしたよ。こっちに来ることになってから、言葉も歴史も、生活習慣も」

 助けてくれる人がいるとは限らなかったし。

 独り言みたいなつぶやきが聞こえる。私もお母さんも少ししんみりしてしまう。

「それにしても、おそうめんは細いから避けてたのに、冷や麦とは全く違う麺なのね。ちょっとお高いけど、常備しておくべきかしら」

 お素麺が好きな人は大人だ、と私は思う。だって、スパゲッティとかラーメンみたいなぱぁっとしたものがないのだから。外国人のシズカさんは我慢してるんじゃないかな。

「シズカさん、無理しなくていいよ。もっといいお昼ご飯想像してたんじゃない?」

「いやいや、ミホミホ。そりゃ、見た目の派手さで言うと、おとなしいかもしれないけど。……細麺界ではかなり派手な部類に入るんだけど。まず麺が違う。この細さでこのコシ、艶やかさ。素麺素人の私でもわかるよ、かなり良い麺だ!そしてお汁のお出汁。鰹と干し椎茸と、多分干し海老?」

「惜しい!お料理で出せなかった、海老の頭よ」

「この濃さは、そういう……!でね、ミホ。浸けダレが何種類もあるでしょ?これがすっごい今風なのよ!基本がこのレベルだったら、他のも期待しちゃうじゃない!すっごいご馳走なのよっ!」

 シズカさんの興奮具合とお母さんのどや顔。実際そうめんにしては豪華なんだろうけど、そうめんだしなぁ……。


「それで、美保からピンチって聞いたけど、どうしたの?」

 食後のお茶タイム。シズカさんを誘った手前、ごちそうさまで遊びに行くわけにもいかない。でもアイスが出たから許す。バニラに黒蜜掛けだ。大人ってずるい。

「仕送りが尽きたの」

 生活費とか仕事に必要な道具とかが、会社から送られてくるはずらしい。

「何かおかしいのよ、予定では山田たちの夏休みが終わった頃、9月というのかしら?に物資が届くはずなのに」

 魚釣りは趣味ではなく、本当に食べるためだったんだ。鳥も捕まえて食べる気だったんだ……。

「ああ!」

 そうだ、普通に調べてたらわからないよね、だって、

「シズカさん、知らなかった?海辺町は夏休みが何周かするの」

「なにそれ?」

「去年は3回だったね」

「猛暑だったからね、今年は何周するんでしょうね」

「なにそれ……」

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