第2話 可愛い相棒

「シズカちゃんいらっしゃい」

 娘から即連絡があったおかげで、山田家は今夜のゲスト対応に間に合った。しかし娘はご立腹だ。いつもシズカを連れてこいと言われている娘としては、忠実に実行しただけなのだが、急すぎると怒られた。

「山田さん、今日はいきなりすいません。山田に相談があって」

「シズカ。それだと私たちが混乱する。私のことは そうね、ゆうきと呼んでほしい。ここでは」

「それ以外になんて呼ぶのよ。ほら、バカいってないでシズカちゃんにお風呂案内してあげて」

「ユウキ……確かに!」

 シズカが笑顔だ。シズカの笑顔なんて山田でも見たことがない。山田家はたいそう驚いた。

「ユウキって可愛い子猫の意味よ!山田にぴったりね!かわいい」

 山田は照れつつ若干引いた。このムッツリはそんなことを考えながら縁側で一緒に寝てたりしたのか。私貞操の危機じゃん。

「可愛いって、良かったねゆうき」


「お風呂はどうなの?」

 山田だけが知っているシズカの秘密。それを知ってもシズカと友人でいたい山田は、家族に怪しまれようともシズカが暮らしやすいように便宜を図っていくつもりだ。

「問題ないよ。あの家を借りてから、このあたりの風俗はすべて調べたから。お風呂も分かってる。でも、一緒に入るなら、裸はちょっと……」

「いや、普通に、一緒には入らないよ?」

「え?」

 トモダチは一緒に入るんじゃないの?検索ツールに全幅の信頼を置いていたシズカは呆然としていた。山田からすれば悩むことでは無いのだけど、完璧な地球人模倣を企むシズカからすれば大問題だ。

「使い方は分かるんだね。じゃゆっくり温まって」

 シズカの情報とはじっくり答え合わせをした方がいいな。山田は明日からのテーマはそれだなと決めた。

「シズカお風呂に入れてきたよ。何か手伝う?」

 山田はお手伝いができるいい子だ。

「ゆうき、シズカちゃんと一緒に入んなさい。お湯がもったいないでしょ」

「ええ~!?」


 カラカラ……

 浴室の引き戸がゆっくり開く。山田家の浴室は過去に宿を経営していたこともあってやや広い。

 シズカは浴室に足を踏み入れたが、湯煙でほとんど周りが見えない。事前のリサーチ通り、洗い場でまず体を洗う。こちらに来てから、石鹸で全身を洗うという行為を実際に行ったわけだが、まだ慣れない。足の裏とか、とてもくすぐったいのだ。頭髪もシャンプーなるもので洗うと、脂気が全部落ちてしまうのでわざわざオイルを塗り込まねばならないのがどうにもやりにくい。

 ちなみに本国では、石鹸成分が環境に与える負荷が星のためにならないというので、宇宙世紀以前からマイクロバブルによる全身洗浄が主流だ。

 この後に控える、温水による全身浴というものはなかなか良い。湯気の立ち上る浴槽へ、白く美しい足を……。

「ニャー!」

 山田家の一番風呂は熱いのだ!

 シズカ家の一番風呂は温いのだ!

 自分の家の浴槽のつもりでシズカは勢い良く足を突っ込んだ!事故だ。

「熱い……」

 涙目である。

 この家に来て、短時間で二度も感情が振り切れた。これは恥ずかしいことだ。


 カラカラ……

 浴室の引き戸がゆっくり開く。

 浴槽の縁で呆然と突っ立っていたシズカは対応が遅れた。

「ニャッ?」

「ニャッって言うんだね~。ごめんシズカ。お母さんが一緒に入れって言うから、来ちゃった」

 山田は特に恥ずかしがらない子だった。だから洗いタオルは持っているが、隠しもせず湯煙の向こうから現れた。

「安心して、私ぜんぜん見えないから。そこにいるのがシズカじゃなくても分かってないのよ」

 そうは言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。地球人とは共通進化の関係なので、美的感覚や羞恥の感情はほとんど同じ。開けっぴろげの山田が信じられなかった。


 ささっと体を洗い、髪もシャンプーでちゃっと洗うと、山田は熱湯風呂にためらいなく肩まで浸かった。シズカはまだモジモジしている。

「あれ?熱かった?」

「そうなの」

 ふむ。山田はザパ~っと豪快に湯船からでる。浴室の隅に立て掛けていた板を取り出すと、軽くシャワーでゆすぎ、浴槽の角に作られていたスリットに板をはめた。その間何も隠すこと無し!

「おいで」

 山田に言われ、モジモジとシズカは移動してくる。

「……あんまり見られると、私もさすがに恥ずかしいよ?」

 全く恥ずかしがらずに山田は言う。

「ここをね、囲ったから。この蛇口は水だよ」

 この区画の湯温を好きにすればいいと、山田は言っているのだ。シズカが足を延ばしても余るくらいのエリアを山田は確保してくれた。

 

「いやぁ美女とお風呂って良いねえ……」

 かわいい山田と温まりながら、こんなオッサン本国でもいたなとシズカは思った。

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