夜更けに這いずり回るもの

秋嶋二六

深夜にて

 何かを感じたのか、ふと夜中に目が覚めた。


 身体を起こさず、目だけ開けて、部屋の中を窺うも、真っ暗で何も見えない。


 どうもまだ深夜のようだ。


 朝は遠い。


 おまえの夜明けも遠いよなと、自分の中で皮肉屋の自分がそう毒づく。


 うっせえわ。


 自分の想像に論破されたので、すっかりふてくされ、もう寝ようと瞼を閉じる。


 再び夢の世界からの招待状が届こうとしたときだ、カサリと乾いた音がした。


 落ちかける意識は現実へと急上昇する。


 何の音だ?


 いや、音の正体はわかる。レジ袋が何かに触れたときの音だ。


 この部屋には自分以外に誰もいない。いないはずだ。


 そう思った途端、恐怖がこみ上げ、心臓が肋骨を激しく叩く。呼吸も荒くなりかけるが、自分が起きていることを覚られてはならないと、努めて呼吸を静めた。


 努力が実っているかは知るよしもないが、再び音がした。先ほどとは違う所から音が聞こえたような気がした。


 部屋の中を動いているのか。家主がそこにいるというのに、侵入者とおぼしきそれはずいぶんと傍若無人のようだ。


 なんとなく腹が立ってきたので、武器になるものはないかと、手の届く範囲を探ってみた。もちろん起きていると思われぬよう、寝返りを打つついでに手を伸ばしている。


 すると指先に冷たい金属の感触があった。これは何だったか?


 寝る前に見た部屋の様子から、脳裏に部屋の3Dマッピングを制作する。


 すると答えはすぐに出てきた。


 殺虫剤だ! しかもジェットの。


 勝った。つい勝利を確信してしまうほどの強力な武器を見つけてしまった。


 しかし、そこで逸ってはいけない。慎重に慎重を重ね、殺虫剤を掴むと、そろそろと布団の中に引き込んだ。


 ばれてやしないか、それだけが気がかりだったが、向こうはこちらのことに気づいていない様子だ。


 あとはタイミングを見計らって、攻勢に転じるだけだ。


 深く息を整え、その時を待った。


 長い長い時間が経ったように感じる。永遠に等しい時間の果てに、好機が訪れた。


 今だ!


 布団をはね除け、枕元にあったリモコンで電気をつけると、不埒な侵入者へと殺虫剤のノズルを向けた。


 しかし、そこに人影はなかった。泥棒ではないとすれば、一体先ほどの物音は何だというのか。


 なんとはなしに床に目を向けたとき、それはいた。


 Gだ!


 名を呼ぶことも悍ましい人類の敵。この世の戦いのほとんどは奴らとの闘争であるといわれている。知らんけど。


 奴らは自然界において、死体や落ち葉を分解する大事な役割があるというが、今はそんなこと知ったことではない。


 こちとら、共存を望んだわけでもなければ、共棲を許したわけでもない。つまり敵だ。排除すべき悪魔の手先だ。


「お覚悟召されやあ!」


 夜も深まる丑三つ時、日本のどこか一室で戦いが行われた。部屋の中は殺虫剤の煙に満ち、ともすれば見つかりにくい隙間に隠れようとする敵、その戦いは筆舌に尽くしがたいものであったという。


 人類はいつまでこのような愚かな戦いを繰り返すのか。果ての見えない戦いにただ途方に暮れるのみだ。


 いや、そんなに壮大な話ではなかった。訂正して、この話を締めるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜更けに這いずり回るもの 秋嶋二六 @FURO26

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ