第6話 リブラ

バンダナを巻いたクマのような風貌の男はピストルをカトラに向けたままゆっくりと近づいてくる。カトラとコーンは膝が石になったかのように動けなかった。カトラに関してはピストルを向けられるのは二度目だが、当然なれはしない。むしろトラウマだ。


「二人だけか」


 男は地鳴りのような低い声で尋ねた。カトラは口と拳を強く結んでから答える。ココで馬鹿正直に答えては子供達に危害が及ぶ。


「そ、そうだよ」


「……怪しいな。手をあげてついてこい」


 男はバンダナを直すと二人の背後に回り込んだ。カトラとコーンの背中に交互にピストルを突きつけながら押すようにして進ませる。


「こんな森の中で子供二人。絶対にありえねぇ。そもそもここは無人島だ」


 息がさらに詰まりそうだった。ウッと声が出てしまいそうだった。カトラの目は泳ぎ、肩がぷるっと震えた。今男が言った言葉が脳に焼き印のように強く刻まれる。


 無人島。ビネアホエール号が漂着したのは無人島だった。この事実だけで軽く人生一回分は絶望できる。彼女はピストルが恐ろしいのもそうだが、コーンの方を見られなかった。彼はどんなに絶望しているか。


 しばらく歩かされると、木々の厚みが減ってきた。潮風が鼻をつき、カトラは陽光に目を細めた。ゴツゴツした岩が複数鎮座する砂浜がそこにあった。少し離れた水面には大きな赤い船が浮かんでいる。その景色をバックに、筋骨隆々の男女が木箱を広げて談笑したり、ピストルやカトラスを磨いていた。


 彼らはカトラ達にピストルを向けた男と同様のバンダナを巻いている。つまり彼らは救世主などではなく、カトラとコーンの絶望をさらに煽る人間である。


「キャプテン!怪しい子供がいただ!」


 男は大声で叫ぶ。その声が響くや否や赤いバンダナを巻いた男女はカトラ達に目線を向けた。さすような鋭い視線だった。吟味するような視線もあった。


 ざわざわとする彼らをかき分けるように、長身の老婆が歩いてくる。巌のような腕、針のように尖った赤い短髪。刻み込まれた皺から高齢だと想定できるが、それと彼女の勇壮たる出立はカトラにギャップを抱かせた。



 キャプテンと呼ばれた老婆はカトラの前まで近づくと、モノクル越しに彼女を覗き込んだ。


「あたしはタカラン。貧相なガキども、どっからきた」


 タカランと名乗る女は高い鼻をカトラにくっつくほどに近づけた。カトラはその巨躯と迫力に今にも泣き出しそうだった。しかし視界の端で同じように震えるコーンが見えた。自分がしっかりしなければ。再三言い聞かせてきた言葉でまた自分を奮い立たせた。


「お、教える義理はない……」


 今船で漂流してここに辿り着いたなんて言ったら、他の子供達が巻き込まれる。だから彼女はそう答えた。タカランは歯茎を見せてニヤリと笑った。


「言うねぇ。青ガキ。あたしは色んな可能性を考えてる。お前が敵海賊団の偵察部隊だったら?人の形をした化け物だったら?お前から情報がもたらされないなら、やることはひとつなんだ」


 カトラは前髪を風に吹かれたように感じた。その刹那、自分の青々とした髪のが切れて、はらりと落ちた。あまりに急のことで何もできなかった。


「反応できないか。今みたいに髪以外を切り刻んでやってもいいんだ」


 カトラはごくりと唾を飲み込んだ。正直言ってタカランが剣を抜いたのさえ認識できなかった。首や頭を切られるも切られないのもタカランの手のひらの上だ。しかし彼女は唇を食いしばり、恐怖を抑え込む。


「……いいねぇ、根性あるやつは好きさ。いいだろう。見逃してやってもいい」


 タカランは腕を突き出した。手のひらでカトラの胸を強く押す。風船のように軽々とカトラは地面に転がされた。


「あたし達は見ての通り海賊。荒事だよりさ。今からあたしとお前が立ち合う。お前が勝ったら、見逃すよ。この島でお前らに手を出さない」


 千載一遇のチャンスだ。カトラは砂を握りしめて、立ち上がった。何もしなければ殺される。良くて捕まる。コーンも自分も、子供達も。ならばタカランの言葉に乗るのが一番いいように思えた。


「やる」


「そう来なくっちゃ。お前ら!準備をしな!篩にかけるよ!」


 一糸乱れぬ連携で海賊の一味は木箱を片付けた。敷物を一箇所に敷き、さまざまな武器をそこに並べた。ハンマー、ピストル、カトラス、針、槍、弓。


「さぁ、青ガキ。好きなの選びな。あたしに勝てたら、何もしない。負けたら……まぁ、そのままだね」


 タカランは剣を鞘に納め、カトラに背を向けて数歩歩いた。そしてマントを翻して振り返ると、大声で叫んだ。


「さぁ、絶望だね。切り抜けてみなよ」


 宝石までの道は果てしなく思えた。カトラはいつのまにか流れていた涙をゴシゴシと吹き、武器の置かれた敷物に向かった。

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