正直(2023/6/3)

「正直な話は苦手だなぁ」

 放課後の部室で、先輩がぼやく。


「好きに書けばいいじゃないですか。私たち文芸部なんですから」

 私の返事に、先輩は「違う違う」と手を振った。


 その手には薄っぺらいプリントが一枚ある。


「これ、進路希望の紙なんだよ。昨日が提出期限だったんだ」

 へらへら笑いながら先輩が言う。


「先輩、期限切れてます」


「今日中に出さないと、また怒られる」


「先輩、もう放課後です」


「ヤバいよねー」

 ……などと言う先輩のにやけた表情は、私と目が合った瞬間に消えた。


「……ごめん、キミは心配してくれたのに。私がふざけてちゃ、ダメだな」

 先輩は苦笑いしながらボソボソと話し出す。

「正直なところ、書きたいものはあるんだけどね。書いたところで、何て言われるか、怖いんだ。……でも、適当にごまかしても、仕方ないし。……さて、どうしたものかなぁ」


「なんか、それ。創作と似てますね」


 パチクリ。

 私がボソリとつぶやいた言葉に、先輩はきょとんと瞬きした。


 それから、また先輩は笑いだす。

 今度は何かが吹っ切れたような、豪快な笑いだった。


「そうだね。じゃあ、好きに書くことにしようか。文芸部なんだからね」

 先輩はシャーペンを握り、勢いよくプリントに向かった。








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