しずく
藤泉都理
第1話 凍えちまえ
ちゃぷん、ちゃぷん。
ちゃ、ぷん。
蛇口から水滴が落ちてきているのか。
身体から汗が落ちてきているのか。
無意識下で身体が動いているのか。
水の、音がする。
ひそやかな水の音。
水の胎動。
いいや。
水と他の命が生み出す新たな胎動。
静謐だった。
とても清らかで、まろやかで、心地よくて、
この静けさを感じられる最低限の機能さえあればいいと。
呼吸が溶け落ちていきそうだった。
眼球が溶け落ちていきそうだった。
思考が溶け落ちていきそうだった。
ちゃぷん、ちゃぷん。
ちゃ、ぷん。
溶けて行く。
流れて行く。
落ちて行く。
どこに。
溶けたものが行き着く先は、どこ。
花火。
浴衣。
かき氷。
スイカ割り。
蝉。
風鈴。
扇風機。
蚊取り線香。
麦茶。
ラムネ。
素麺。
ひまわり畑。
夏にしか会えない君の元だったらいいのに。
ちゃぷん。ちゃぷん。ちゃぷん。
ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。
ちゃぷん、ちゃぷん。
ちゃ、ぷん。
堕ちて行く。
落ちて行く。
おちていく。
オチテイク。
切り離されて。
円形になって落ちて。
円弧形になって落ちて。
二つに切り離されて落ちて。
落ちて、落ちて、落ちて。
地に落ちて、弾かれて。
上がって、落ちていく。
何度も何度も何度も。
上がって、落ちて、上がって、落ちて、上がって、落ちて。
音がする。大きな音。爆音だ。
大気が大きく震える。
大水が大きく震える。
大地が大きく震える。
君の長い睫毛が、ひそやかに、しめやかに、震える。
打ち上げ花火だ。
花火玉が上空で破裂して球形に星が飛び散っていく。
花火玉が上空で割れて中の星が破裂しながら落ちていく。
終わりだ。
君は言う。
まだ花火は打ち上がったばかりだ。
あと十五分は打ち上がり続ける。
それなのに。
君は言う。
終わりだ。
ああ、君は本当に、冷徹冷酷なやつだ。
あと、十五分あるだろう。
まだ終わりではないだろう。
それなのに。
終わりだと君は言う。
夏にしか姿を見せてくれない吸血鬼の君は言う。
「おい。おい。おい、溺れ死ぬ………事はないか。なら「おいおいおい、起こしに来てくれたんだろう。だったらさっさと背中を見せずに引き上げてくれよ。私の王子様」
「………」
「いやん冷たい凍えそう」
「凍えちまえ」
「あらららら。本当に行っちゃった」
しょうがない。
私は浴槽の縁に両手を置くと、そこに力を入れては立ち上がり、浴槽から出て脱衣所へと向かったのであった。
(2024.8.13)
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