第一話④

「それじゃあ、行こうか。」

「…はい。」


 情報整理を優先したいところだけれど、今回ばかりは仕方ない。手を引かれるまま、歩きなれた道を歩く。神社はここから少し歩いた先にある。歩くといっても子供の足で十分程度。ご近所さんだ。

 挨拶の作法を教えてもらいながら、握った手を放さずに少しずつ歩く。「頭は痛くないか」「足は疲れていないか」そのたびに否定をして、握った手を握り返した。元気だと、大丈夫だというように。そうすると兄はひどく安心したように笑うのだ。…彼にとって、私が唯一の家族だから。それは今日の夢でも出てきた。私が贄に選ばれたら闇落ちしてしまうかわいそうな人。これまで小さな手をつないでいてくれた人。そんな未来があってはいけないと、こんなときにも思ってしまう。


「ほら、千紘が来てる。挨拶して。」


 しんみりとしていると、兄がそっと道の先を指す。そちらから、兄より少し身長の低い少年——これも攻略対象であることは知っている――が飛び込んできた。


「千紘【兄さん】な。お前は年下である自覚が足りない!」

「はいはい、千紘兄さん。ほら、円。」

「…おはようございます、ちひろおにいさま…。」


 少年の名は、【浅葱 千紘】という。このゲームの攻略対象の一人で、攻略対象たちの中では兄貴分のような立ち位置だ。もう一人「お兄さん」がいるのだが、たぶん今日は神社で待っている。千紘お兄様は、遥お兄様にちょっかいを出すキャラクターなので、今回もその延長として私の様子を見に来たのだろう。そして夢の視点で私は繰り返し千紘お兄様のルートを攻略していたように思う。好みだったのだろうか。…このお調子者を?いや、まあ、彼の抱える事情はたしかに一般女性から見ると庇護欲というかなんというかを掻き立てられるきもしなくはないが…。


「んだよ円。今日調子悪いのか?」

「朝、二段ベッドの天井に頭をぶつけてからずっとこうなんだ。もしかするとよくないところ打ったのかも…。」

「平気だろ。痛くて機嫌悪いだけだって。…な、円。」

「ごきげんわるくありません!まどかはそのていどでごきげんをわるくしたりしません!」

「ほらな?」


 なにが「ほらな」だ!腹立たしいけれど理由を言うわけにもいわず、じりじりと彼をにらむに抑える。そうこうしていると、千紘お兄さまのさらに後ろからもう一人、今度は遥お兄様よりも少し背の高い少年がやってきた。


「また円を怒らせたの?千紘。…円ごめんね。こいつガキだから…。」

「誰がガキだ廉太郎!」


 申し訳なさそうに笑って現れたのは、【柳 廉太郎】。彼も攻略対象の一人である。俗にいう委員長ポジション。千紘お兄様に振り回されながらも、その日々を楽しんでいる、らしい。緑かかった綺麗な髪が揺れる。木漏れ日のようだと思う。知的で清廉。憧れのお兄さんだ。


「おはようございます、れんたろうおにいさま。」

「おはよう。ちゃんと挨拶ができるなんて、円は立派な現世の子だね。」

「ありがとうございます。」


 さて、攻略対象兼私の幼馴染も残るところあと二人だ。二人とも神社で待っているのだろう。徐々に恐怖の本丸が近づいてくる。きゅ、と握った手を握れば、「大丈夫だよ。」と兄の笑顔が降り注いだ。


「緊張してるのかな。」

「…すこしだけ。」

「大丈夫だよ。俺だってできたんだもの。円は賢いからきっとすぐだ。」

「そうかあ?どんくさいところあるからなあ。入口で転んだりして。」

「そんなことありません!」

「そんなこと言うもんじゃあないよ。大丈夫、円ならきっとできるから。」

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