第一話②
「おはよう、円。誕生日おめでとう。」
「…おはようございます、はるかおにいさま…」
朝ごはんを盛り付けながら、二つ上の兄が笑う。先ほどの夢でパッケージのメインを張っていた様子とは違い、目に優しいショタ仕様だ。まあ、メインを張っていたときもそこまでキラキラはしていないのだが。
両親がいなくなってしまって久しいこのお屋敷で、二人の遺産を食い潰しながら生きているのが私たちの現状だ。村の名家というだけあって、お金には苦労せずに生きている。まあそれも先ほどの夢で得た知識なのだが。七歳の子どもなんて何も考えずに生きているものである。家にやってくる使用人たちからの愛情をめいっぱい受けて育ったわたしは、あの画面の中でもお助けキャラとしての生を謳歌していた。両親が夏祭りの夜に神隠しという名の生贄となり死んだことなんて、微塵も勘付いていなかった。
そう、神隠し。この村の伝承だ。森の中にある朽ちた神社に棲む神様が、毎年夏祭りの夜に村人を連れ去ってしまうという噂。連れ去られた先では幸せに暮らせるという。これまでの私は神隠しにあった両親は神様のもとで幸せに暮らしていると信じて疑っていなかった。実際は神社の先の深くて暗い湖に、二人揃って沈められているわけだが。
毎年の夏祭りの喧騒に隠れて、村の中から人を選んで湖に沈める。そうすることで村が栄えるとこの村の大人たちは心底信じていた。選ばれる基準は、霊力。この村では常世のものが見える人間が生まれる可能性が非常に高いらしい。見える人間を選んで、神のもとに返すのだ。馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、それがこの村に信じられた真実だった。
「円、どうしたの。」
「…なんでもありません…」
それらを知るのは成人してからである。今の私は知らない顔をしなければならない。ならないのだけれど。
…見えてるんだよなあ…。
先ほどから、じっと私の食事を見つめている小さな存在。試しにわざと食事を床に落としてみると、こそこそと持ち去っていった。落としたにんじんは綺麗さっぱり消えている。ありがとう何かわからない妖精さん(多分)。
しかし、見えることが大人にバレてしまえば、即座に今年の贄決定である。昨日までならまだ「神様の子」として見逃してもらえたかもしれないが、あいにく今日からわたしは現世の子だ。バレないように生活しなければならない。ここから何年この秘密を守らなければならないのか、そう考えると肩のあたりにドンと重みが増す。
「そういえば円。千紘たちがお祝いをしにきてくれるって。お参りも一緒に行こうか。」
「ちひろおにいさまが…!?」
「う、うん…どうしたの。今日は表情が忙しいね。」
画面の向こうにいたキャラクターの名前が出て、少し頬がひきつった。昨日までは日常の中の一つであったが、情報を仕入れてしまった今は、どんな顔をして会えばいいのかわからない。乙女ゲームにありがちな彼らの秘密も、心の闇も、ぜんぶぜんぶ手の中にある。気まずいったらありゃあしない。
だからといって彼らを避けて生活するのも不自然極まりないのだ。彼らは私と同じく村の名家と呼ばれる家の出である。いやでも関係をもたなければならない。手に入れてしまった情報に見ないふりをして、いつも通りを貫くしかなかろう。
「円?…やっぱり、今日はやめておこうか。神社へのご挨拶だけにして、ゆっくりしよう。」
「…いいの、はるかおにいさま。」
「いいよ。風習よりも、円の体調のほうが大事だもの。」
優しい兄はにこりと笑うと私の頭をひと撫でして食器を下げ始めた。
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