道具屋オーランドの暇つぶし ~天才道具師は退屈しのぎに謎を解く~

アーミー

第1話 透明薬と予告状

 夜のとばりはとうに下りきり、人々が深い深い眠りについた頃。

 暗がりの部屋には、ただ一つロウソクの灯りが揺れていた。


 男の手には、小さなガラス瓶が握られている。


「ついに手に入れた……」


 恍惚とした表情で瓶を揺らし、僅かな明かりにゆらゆらと輝く液体を眺めるその目は、狂気的な闇を湛えているようだ。


「これさえあれば……ククク……」


 男の唇に笑みが浮かぶ。


「あのクソ生意気な姫が唖然とする姿が、目に浮かぶぞ……フハハ」


 そう呟くと、男は不気味な笑い声を上げた。

 暗闇の中その声だけが低く響き、やがて部屋には静寂が戻った。



 ――――



「ラカンさん! 大変です!」


 ここは栄誉ある王国騎士団――の、とある小さな拠点。

 本部の騎士のように王室に呼ばれるようなことは滅多に無いけれど、王都の治安を守るため、市民の皆さんの安全のため、騎士たちが日々訓練や業務に励む場所だ。


 今日も街は平和。

 多くの兵たちは日課の見回りに出ていて、建物内に残っている者はほとんどいない。そのため、広い部屋の中は不自然なほど静かで、風の音さえも聞こえそうなほどだった。


「ちょっと! ラカンさん!? どこですか!?」


 朝の静けさをつき破るように、廊下を勢いよく走る足音が響き渡る。

 足音はまっすぐに奥の部屋へと向かい、そして次の瞬間、重厚なドアが勢いよく開け放たれた。


「あっ、いた!! ちょっと、ラカンさん! いるなら返事くらいしてくださいよ!! 大事件なんです!!」


 騎士としての威厳も風格もあったもんじゃないその大声に、ラカンは少し顔をしかめた。机の上の書類を整理していた手を止め、ゆっくりと顔を上げる。


「……何だ? 新人。朝っぱらから騒がしい」


 その落ち着き払った声に、少女は息を整えながら反論する。


「エリナです! いい加減名前くらい覚えてください!!」


 ラカンは頬を膨らませて主張するエリナを見て微かに笑みを浮かべたが、すぐに表情を戻し、まっすぐに彼女の顔を見た。


「で、エリナ。何がそんなに大変なんだ?」


 エリナは満足そうに一度頷くと、胸を押さえて息を整えつつ、興奮気味に言葉を続けた。


「王室に予告状が届いたんです! “今年の慰霊祭いれいさいにて、王女が持つ王家の秘宝を頂戴する”という予告状が!」


 就任後初めての事件に興奮しているのか、若き新人騎士の目は不謹慎にも輝いているように見える。

 そんな彼女を見てラカンは小さく溜め息をつき、顔色一つ変えずにあっけらかんと答えた。


「あぁ、その件か。知ってるよ」


 その一言に、エリナは思わず固まり驚きのあまり目を見開いた。


「え……知ってるんですか? 同期から仕入れたとっておきのスクープなんですけど」


 まぁ、エリナのような新人にまで回ってくる情報を、上司のラカンが知らないはずもない。

 ラカンは落ち込むエリナの反応を楽しむように、わずかに口元を緩めて答えた。


「もちろんだ。だが、まぁそう落ち込むな。朝から勤勉なお前に、とっておきの追加情報をくれてやろう」


「つ、追加情報? ですか?」


 エリナは困惑した表情を浮かべつつも、真剣にラカンの言葉を待つ。ラカンはその様子を見て、軽く息を吐き出すと、声を低くしておもむろに続けた。


「こっちは部外秘の話だぞ。――実は、王室の薬品保管庫から、厳重管理指定薬の“透明薬”が一本盗まれたそうだ。この話はまだ聞いてないだろ?」


 エリナは返答に困りながらも、思った事を素直に口に出す。


「た、確かに初耳ですけど。……“透明薬”って何ですか?」


 ラカンは返答の代わりに軽く溜息をつくと、椅子にかけてあった上着を取って立ち上がった。


「ハァ。そういや、お前。入団テストの筆記試験、最下位だったんだってな。少しは勉強しとけ」


「……うっ」


 痛いところを突かれ直立不動のまま固まってしまったエリナを揶揄うように見ながら「いいから、ついてこい」とラカンは短く命じた。


 ――


 部屋を出ると、朝の冷たい風が二人の顔を撫でる。

 中庭にある訓練場では、待機組の若い騎士たちが剣を手に訓練を始めていた。ラカンはその様子を横目に見ながら、無言で足を進めていく。


「あの、ラカンさん。それで、透明薬って一体何なんですか? 何か危ない薬なんですか?」


 その問いにラカンは「いいから黙ってついてこい」とだけ答え、二人は拠点の入り口から外へと出て行った。


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