水泳部のダウナーなお嬢様先輩、汐見こころのあまあま水泳指導 〜わたしが教えてさしあげます〜

須崎正太郎

第1話 教えたがりのこころ先輩とプールの中でおしゃべり

(今作はASMR台本形式です。作品はすべて、ヒロインのセリフと効果音だけで進みます)


(放課後、チャイムが鳴り響く)


(チャプチャプ、とプールの水が揺れる音)


「あ。……来てくださいましたね」(ダウナー声、基本的に今後もずっと淡々とした調子で)


「はい。ようやっと放課後です。昼はずいぶん暑かったですね」


「プールに入り甲斐がある? ……そうですね」


「わたしは暑くないですよ。もう三十分も前からプールに入って、浮かんでいたので」


「こうして、タコやワニやカブトガニの浮き輪とたわむれておりました」


(こころが浮き輪をさわる。チャプン、と水が揺れる音)


「……こんな浮き輪を学校のプールに持ちこんでいいのか、とお思いですか?」


「校則には、カブトガニの浮き輪をプールに浮かべてはいけないとは書かれておりませんから。大丈夫でしょう」


「それに水泳部はわたしとあなたの二人きりの部活」


「誰も気にしないと思いますよ。きっと」


「では、水泳を始めましょうか」


「あ、お待ちください。あなたは水に入る前に、準備運動をしなければなりません」


「このわたし、汐見こころが指導いたします。あなたは後輩。わたしはこれでも水泳部の部長であり、先輩なのですから」


「準備運動をしないと、足がつったりしますよ。そこはきちんといたしましょう」


「そのまま、プールサイドでお立ちになっていてくださいね」


(ザブン、とこころがプールから出てくる音)


(キュッキュッと、プールサイドを歩いてこころがこちらに近づいてくる)


「準備運動のやり方、わたしが」(声が近くなる)


「教えてさしあげます」(至近距離)


「手取り足取り、お教えします。これでも先輩ですから」(少し離れる)


「よろしいですか? まずは息を吸って~、吐いて~……」


「吸って~、吐いて~。肩の力を抜いて……」


「両手を挙げてください。はい、いち、に、さん、し……」


「次はひざを曲げてください。はい、いち、に、さん、し……」


「もう少し、肩の力を抜いてください。このように」(声が耳元、超至近距離)


「わたしがあなたの手を後ろに引っ張りますから、力を抜いて……」(少し離れる)


「はい、いち、に、さん、し……ご、ろく、しち、はち……」


「いち、に、さん、し……ご、ろく、しち、はち……」


「素晴らしいです」


「それでは次は、シャワーを浴びに参りましょう」


「はい、もちろんわたしも一緒に。シャワールームの使い方を教えてさしあげます」


(キュッキュッと、プールサイドを歩く音)


(シャワーの音。ふたりで浴びている)


「室内プール。冬には温水。我が校のプール施設は素晴らしいですね」(超至近距離)


「いつでもプールを楽しめますから」(超至近距離)


「え? 声が近い、ですか」(超至近距離)


「しかしこうしなければ、シャワーの音が大きくて、あなたとお話しできませんもの」(超至近距離)


(キュッ、とシャワーを止める音)


「では、プールに参りましょう」(離れる)


(プールサイドを歩く音)


(ざぶん、ざぶん。二人がプールに入る音)


(ちゃぷちゃぷ、と水の音)


「今日はどのように泳ぎましょうか」


「そういえば、まだ聞いていませんでしたね」


「あなたは泳げますか?」


「……そうですか。いいえ、どちらでも構いません」


「この水泳部の部員となられた以上は、先輩であるわたしが指導いたしますから」


「教えたいのです。わたしが」


(ちゃぷ、と水の音)


「こう見えても、水の中だけは得意です」


「わたしはいるかの生まれ変わりかもしれません」


「好きなのはタコですが」


「……そういえば、あなたはどうして水泳部に入部されたのですか?」


「我が校は女子生徒のほうが多く、運動部より文化部のほうが活動は活発ですのに」


「……日ごろから運動不足なので、高校に入ってから運動を始めたいと思った?」


「それに水泳なら水に入ってさっぱりするから気持ちいい、ですか……?」


「確かにさっぱりはいたします。……なるほど。……ものすごく、なるほど……」


「……いいえ、いいと思います。運動のため。さっぱりのため。素晴らしいことです」


「入部の動機など、人それぞれですものね」


「わたし、ですか? わたしは……」


「軽くなるから、でしょうか」


「水の中で、泳いだり、漂ったり、遊んだりしていると」


「心も体も軽くなって、気分がいいのです」


「地球上で身体が軽くなるのは、水の中だけですから」


「たとえ悩みや苦しみを抱えていても、水の中にすーっと溶けていきます」


「そして心と体が軽くなっていく。その感覚が大好きなのです」


「……おかしいでしょうか?」


「……。……そう、ですか」


「それならばよかった……」(安心したように)


「……あなたが来てくれて嬉しいです」


「いっしょに泳ぐことができますから」


「……では、そろそろ部活を始めましょう」


「大会に出るような部活ではありませんが、いちおう練習はやりますので」


「もちろんです。カブトガニと遊んでいるだけの水泳部ではありません」


「背泳ぎはできますか」


「もしも苦手なら」


(ちゃぷん、という水音)


「教えてさしあげます」(超至近距離)


(ちゃぷちゃぷ、と水が揺れる音)


「背泳ぎは、誰かから教わりましたか?」(超至近距離)


「教わるのは初めてですか。……なるほど……」(超至近距離)


(ちゃぷちゃぷ)


「ということは」


「わたしがあなたの初めて、ですね」


「光栄です」


「……これからすべて、あなたの」


「初めて、でありたいと思いますので」


「なにしろわたしは、先輩ですので」


「分からないことがあったら、なんでも聞いてください」


「教えてさしあげます」(超至近距離)


(ちゃぷちゃぷ)


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