第2話 罰ゲームデートへゴー!


 翌日。

 夏原先輩からのメッセージを全部無視していたら、放課後の教室に先輩が乗り込んできた。


「後輩くん!? なんでメッセージを無視するのかな!?」


 先輩!? ちょっ、クラスであまり目立たない僕に向かってくるのはまずい。反射的にカバンを掴んで後ろの扉から帰ろうとして、廊下に出たところで腕を掴まれた。


「……待ちなさい。……先輩命令よ」

「は、はぃ……」


 いつもの声色ではなかった。

 ちょっと威圧してる……。僕も、これを無視するほど心臓が強い方ではなかった。

 後ろでは「なんで片山が……?」なんて声が聞こえてくる。ちょうど明日から土日だからよかったけど、月曜日にこれが沈静化してるかな……根掘り葉掘り聞かれても困るぞ?

 園芸部だけに、根掘り葉掘りするのは僕の方なのに。


「後輩くん、メッセージを見なさい」

「はい」


 素直に応じてスマホを取り出すと、うわ……先輩からのメッセージと不在着信が大量に。重くない? 僕たちの関係は罰ゲームの上で成り立つもののはずだ……、どうして先輩はここまで僕に構ってくるのだろう……。少なからずは、僕に入れ込んでくれているのだろうか。


「見た?」

「いま見ますよ。……カフェですか? 期間限定の食べたいパフェがふたつあるから、ふたりで頼んでシェアしようって…………まあ、いいですけど」

「私とのデートよ? 嬉しくないの?」

「嬉しいです。わーい」

「棒読みぃ!!」


 先輩の声が大きいので、デートというワードが廊下を越えて教室まで響き渡った。同時に僕たちにたくさんの視線が注がれて……。事情を聞きたい男子と女子がうずうずしている。だけど夏原先輩の邪魔をしないように、野次馬はなかなか話しかけられないみたいだ。

 先輩を盾にしていれば、今は逃れられそうだ。


「先輩、いくならいきましょう。食べる時間帯が遅くなると夕飯が入らなくなりますから」

「えー。後輩くんは夕飯には帰っちゃうんだ?」

「当たり前でしょう。僕は夕飯は家で食べると決めているんです」

「夕飯は私でもいいのに」

「誰がカニバリズムですか」

「カニ……? カニって美味しいよね!」

 そうですね。


「じゃあいきましょう。さっさと」

「なんか呆れられた気がする……そしてさっと終わらせて処理しようとしてない!? 憧れの夏原先輩とのデートなんだよ!?」

「自分で言っちゃうんですね……。先輩が思っているほど、このデートに期待はしてませんよ」

「なんでよーっ!!」


 先輩は不満爆発で叫ぶけど、そりゃそうだ。だってこれは罰ゲームであって、デート中になにも起こらないわけがないのだから。きっと昨日の先輩の友達がカメラを持って後をつけていて、仕込みのドッキリで僕の反応を楽しむつもりだろう。

 今は動画で承認欲求が満たされる時代だ。僕を使って面白い動画でも撮りたいのだろう。デートにいかない、というのは空気が読めないし、だからある程度は先輩たちの遊びに付き合うしかない。気が済めば、僕のことを解放してくれるだろうし……それまでのがまんだ。

 陰キャで後輩の僕は、陽キャで先輩の方々には逆らえない。


「先輩?」

「生意気……っ」


 夏原先輩が僕の背中を強く叩いた。いたっ……くはないけど、痛がっておかないと先輩は拗ねてしまうだろうから、痛がっておこう。


「なにするんですか」

「君のことなんか知りません」

「じゃあ僕は帰りますけど」

「そういうことを言ってるんじゃありません」


 先輩が僕の腕をがっしりと掴んだ。……逃がしてくれないみたいだ。


「先輩って……」

「なによ」

「怒ると敬語になるんですね」


 指摘されたことがなかったのだろうか。

 無自覚だった自分の癖を言われて、先輩が赤面した。


「……ダメですか?」

「いいえ? ダメじゃありませんよ。面白いので、ありです」

「バカにして……っ!」

「してませんって。今の先輩は可愛いですね」

「今の、ってなに。ついさっきは可愛くなかったってこと!?」

 めんどくさいことを言い出した。


「ずっと可愛いですから。自信を持ってください」

「ねえ、後輩くん……君って結構……言うよね」

「口下手な陰キャだと思ってました? 実際そうですけどね……でもなんだか夏原先輩は、喋れば喋るほどなんでも言いやすいというか……」


 喋れば喋るほど……? よく考えれば普通のことではないか?

 ようするに、時間が経って、何度も接している内に打ち解けてきたってことだ。

 憧れだった先輩も、今では身近な、ちょっと抜けてる女の子になっている。


「へえ、調子が出てきたんだあ?」

「かもしれません。じゃあ、校門を抜けたところで合流しましょう。人の目が多いところで一緒にいると面倒なことになりそうですし」

「それが後輩くんにとっては嫌なんだ? じゃあ一緒にいてあげる」

「……先輩、性格悪いですよ」

「そうさせたのは君だよ?」


 僕のせいにされたんだけど……。

 それから外靴に履き替え、先輩が僕の隣に並んで下校する。校庭で部活動している生徒にじろじろと見られたけど、先輩の隣が僕ということもあってか、みな安心しているようだった。

 僕と先輩が付き合っている、とは誰も思っていないらしい。実際、付き合っていないけど。これは罰ゲームなのだから。


「後輩くん? なにきょろきょろしてるの?」

「いえ……なんでもないです」


 カメラが僕たちを撮っているんじゃないか、と、見つけられなくとも適した撮影場所があるか探してみたけど、分からなかった。まあ、ただの下校シーンを撮影しても面白くはないかな。なにかが起こるとしたら、先輩から提案されたカフェで、だろう。

 気を引き締めていこう。ドッキリという前提だから、僕は良いリアクションをしなければいけない。リアクションが薄くてガッカリ、は、さすがに避けたいからね。


「……緊張してきました……」

「今更? あらためて、私とデートすることのありがたさが分かっ」


「これ、僕に懸かっているんですよね……っ。重大な役目です」

「え? なにが? ……後輩くん……、緊張で頭おかしくなった?」


 戸惑う先輩の誤解を解くことはなく、僕たちは駅前のカフェへと向かった。



 …続

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