【8話】アリシアへの礼 ※ルシル視点

 

 アリシアが仕事を手伝ってくれるようになってから、一週間。

 ルシルの私室では今、ルシルとアリシアが書類仕事をこなしている。

 

(彼女には感謝しなければな)


 迅速かつ丁寧な仕事ぶりを発揮してくれているアリシアを、ルシルはチラッと見る。

 

 あれから毎晩、彼女は美味しい夜食を持って仕事を手伝いに来てくれている。

 嫌な顔一つせずに、テキパキと仕事をこなしてくれるのだ。

 

 そのおかげで、あんなに溜まっていた書類仕事に終わりが見えてきた。

 あとは一人で何とかできる量だろう。

 

「ここまでくれば、あとは俺一人で大丈夫だ。君のおかげで予定よりも大分早く終わらせることができそうだ。本当にありがとう」

「いえ、私は大したことはしていません」


 アリシアは常に謙虚だ。

 いっさい驕り高ぶったりしない。

 

 そんな彼女の性格は、ルシルにとって好ましいものだった。

 

「それでは失礼いたします。おやすみなさいませ」

「あぁ。おやすみ」


 アリシアが部屋を出ていった。

 

 一人になった部屋の中。

 不思議な女性だ、と、ルシルはポツンと呟いた。

 

 柔らかそうな銀の髪と整った顔立ち。そして、美しいオッドアイが特徴的な妻――アリシアに対し、ルシルはそんな印象を持っている。

 彼女は、これまでに出会ったことのないタイプの女性だった。

 

 ワガママで横暴。自分のことしか考えていない。

 これまでに出会ってきた女性は、そんな人間ばかりだった。

 

 だが、アリシアは違う。

 他人を気遣い行動できる、とても優しい女性だ。

 

 結婚してまだ日は浅いが、これまでの彼女の行動はそう思えるに足るものだった。

 

「アリシアに礼をしなくては」


 夜食を作り、書類仕事を手伝ってくれたアリシア。

 

 この一週間、ルシルは大いに助けられた。

 その恩を返したいと、強く思う。借りっぱなしというのは性に合わないのだ。

 

 

 翌朝。

 

 食堂で朝食を摂るルシル。

 対面にはアリシアが座っている。

 

 少し緊張した面持ちで、ルシルは口を開いた。

 

「アリシア、欲しいものはないか?」


 アリシアに礼がしたいルシルは、欲しているものを直接聞くことにした。

 

「この一週間、君にはとても世話になった。だから、その礼をさせてくれ」

「お礼はいりませんよ。私がやりたかっただけですから。お気持ちだけで十分です」

「そういうわけにはいかない。借りっぱなしは、俺の性に合わないんだ。だから、欲しいものを言ってくれないか?」

「……そう言われましても」


 困った顔になるアリシア。

 

(すまない、アリシア)


 彼女を困らせるのは、ルシルとしても本望ではない。

 だが、ここで退く訳にはいかないのだ。

 

 少しして、困っていたアリシアの顔がパッと晴れた。

 

「今は特にありません。ですから、欲しいものができたら言いますね!」

「……分かった。その時は必ず言うように」


 少し腑に落ちない気もするが、これ以上の答えを引き出せる気がしない。

 ルシルは無理矢理納得することにした。


「ルシル様は本当にお優しいお方ですね!」


 今までで一番、にこやかに笑うアリシア。

 可憐で眩しい笑顔は、真夏の太陽のように輝いている。

 

 その笑顔に、ルシルは思わずドキリとしてしまった。

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