【5話】アリシアのこまりごと

 

ルシルの部屋に着いたアリシアは、コンコンコンと扉をノックする。

 

「アリシアです。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 許可を貰ったアリシアは、部屋の中に入った。

 

 執務机に座っているルシルは、書類にペンを走らせている。

 朝食のとき言っていたように、書類仕事をしているのだろう。

 

「お仕事中に申し訳ございません」

「構わない。いつでも来ていいと言ったのは俺だからな。とりあえず、そこのソファーにかけてくれ」


 促されるまま、アリシアはソファーに座った。

 

 少しして、執務机から立ち上がったルシル。

 アリシアの対面に並ぶソファーへ腰を下ろした。

 

「困りごとか?」

「はい。私、次の指示を受けていません。これから何をすればよろしいのでしょうか?」

「何もしなくていいぞ」


 ルシルはキッパリ即答。

 

「君に求めている役割は、外で公爵夫人を演じてもらうこと――ただそれだけだ。他に、何かを強制するつもりはない。自由に過ごしてくれていい」

「自由……ですか」


 アリシアの表情に困惑の色が浮かぶ。

 

 それを見たルシルも、同じような顔になった。

 

「どうしてそこで悩むんだ」

「その……自由と言われても何をしていいか分からないんです」


 日中は、メイドたちに混じって家事仕事。

 夜は、領経営に関する書類の処理。

 

 フィスローグ家で馬車馬のように働いていたアリシアにとっては、自由時間など無いに等しいものだった。

 だから、過ごし方が分からないのだ。

 

「何をしてもいいんだぞ。蔵書室で読書をしてもいいし、王都の街へショッピングに出かけてもいい。ベッドで寝るというのもアリだな」


 読書、ショッピング、睡眠――言われたことを頭に思い浮かべてみる。

 

 しかし、どれもいまいち。

 提案してくれたルシルには悪いが、ピンと来なかったのだ。

 

(……そうだわ!)

 

 そんなとき、とあるアイデアが閃いた。

 

「この家の家事仕事はメイドがしているのですよね?」

「……ああ。だが、それがどうした?」

「メイドたちに混じって、家事仕事がしたいのです」


 毎日こなしていた家事仕事。

 それと同じことをするのが、一番しっくりくるような気がしたのだ。

 

「……構わないが、どうして家事仕事を?」

「私、フィスローグ家では毎日家事仕事をしていました。ですから、同じことをしたいと思ったのです」

「家事仕事をしていた? 伯爵令嬢の君が?」


 青色の目を見開いたルシル。

 愕然とした表情には、どうして伯爵令嬢が家事をしていたんだ、という疑問が込められていた。

 

「……分かった。君の要望を受け入れよう」


 何か言いたげではあったが、ルシルは話を進めることを選んだ。

 

 ありがとうございます、と言って頭を下げるアリシア。

 今後の予定が決まったことにホッと安堵する。

 

「メイド長に言えば、色々とよくしてくれるはずだ。まずは彼女を頼ってみるといい」

「承知しました。色々とありがとうございます」

「気にするな。初めてで慣れないかもしれないが、頑張ってこい」

「はい!」


 心遣いに溢れたルシルのエールに、大きく返事をする。

 全身にやる気をみなぎらせながら、アリシアは部屋を出ていった。

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