思考回路
桜田 優鈴
A-side 1-1
静かに、穏やかに、優しく。周りに流れる時間は等しく平等で、平凡で、平和そのものだった。それは
天を駆けるドラゴンの背に乗ること。何百年もの時を眠る姫になり王子の助けを待つこと。魔法で世界を支配すること。
それらは更紗が目覚めると露と消え、ただ退屈な現実の真っ青な空の中を、紅に色付いた葉が揺蕩う。想像の世界を自由に舞う時間が幸福に満ちていればいるほど、この帰還の瞬間は第三者でしかない他人に馴れ馴れしく素肌を触れられたような不快感が増した。
「今日はどんな世界を想像しているんだ」
とんとんと肩を叩かれ、声の主を振り向く。
「想像をしていたのでは無いよ。現実の単調さを嘆いていたの」
目を瞬かせた
「また随分と珍しい思考をしたものだね。現実が嫌になってしまったのかな」
教室の窓から入り込んだ秋風が更紗の白い頬を柔らかく撫でて、ぬばたまの黒髪の毛先が肩口につくかつかないかの所を揺らめく。紅ではない、血色の良さからくる赤がさした唇から、気怠げな吐息をひとつ。
「嫌ではないけれど、物足りなさは常に感じている。私が考え付くことは総てこの世界の理で、そしてこの世界以外の話を共有してくれる人間があまりにも少ないのだもの」
不規則に切られた長く艶やかな前髪から覗く、硝子玉をはめ込んだように生気の薄れた瞳で、講義室をぐるりと見渡す。皆、更紗からは距離を取り各々が始業時間までの余白の時を過ごしている。
「みんな、よくもまぁたったひとつの世界で充足感を得られるものだね」
「充足感を得られているわけでは無いのではないかな。単に現実世界に飽くほど、思考が及んでいないだけだと俺は思うよ」
心底意外そうに目を見開く彼女に、和音はふわりとカールした栗毛を僅かに揺らしてくすりと笑みを漏らした。
「現に俺は現実世界にいる更紗という人間ひとり理解しきれていないし、更紗の話に飽くことはこの先も無いだろう。だから自ら世界を空想したいという欲求は生まれない」
「成る程、それは残念。和音の思考回路の産物も聴いてみたかったのに」
残念、とても残念だ。それでもその何の他意も無く発せられたであろう言葉から、彼の本心が透けて見えてしまった。その見えてしまっている事実に発言者当人が気づいていないことまでわかってしまった。日常に紛れ穏やかに時の流れに攫われていく会話がとても温かく感じられる幸せに、理解が及ぶ自分自身が愛おしい。
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