涼乃が駆ける通学路

@suzuka32

涼乃が駆ける通学路

 









「♪〜♪♪ー♪ーー♪♪♪♪♪。♪、♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜――」



 好きな曲をアラーム音に設定したスマホのアラームが枕元で鳴っている。


 アラームによって意識が覚醒した私は目を開かずにアラーム音である好きな曲を聴いている。ほとんど無意識に布団の中にある足を小さく揺らしてリズムに乗る。



「♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜♪♪〜〜」



 曲が全て終了して、もう一度曲の始めから流れ始める。私はアラームを止めずに余韻を堪能しながら、目を開けてむくりとタオルケットをはいでベットから起き上がる。部屋は遮光カーテンで薄暗くなっている。朝日の影響で早く起きてしまっては自分の思う通りに眠れていないことがあるからだ。


 私は遮光カーテンを開けるとシャーとカーテンレールの音とともに日光が部屋を明るくしていく。その後、網戸を閉めた状態で窓ガラスのみを開ける。



「んっ〜〜〜〜」



 体より大きいサイズで生地の薄いTシャツとこちらも生地の薄いショートパンツを履いた部屋着の私は窓の向こうに広がる外に向かって背伸びをした。その時、服の裾が上がり腹に外気が流れ込み、涼しい。


 残暑なのかまだ、エアコンを点けるほどでない上下半袖が丁度いい、運動をすればたちまち汗をかいてしまうほどの天気が続いている。


 ハッと息を漏らして背伸びを終われせ、まだ停止させていないアラームを止めようと手を伸ばす。指で画面を横に滑らすとアラームが止まった。そして、スマホの画面はロック画面が表示されており、そこには今年の夏休みに行った海の写真を背景に通知や日付、時刻などが表示されている。



 九月十五日月曜日。時刻は八:〇〇。



 私は高校生でありその上平日、当然高校があり、授業が存在する。


 私が今年の春、新一年生として入学した全日制の県立花岡高校。商業施設で賑わう最寄り駅からバスで一本。登校にバスを利用するのがもったいないほど距離に住む私は登校時間は歩きで四〇分。登校手段を自転車に変えれば徒歩の半分の時間で学校に着ける。


 だが、二学期開始から夏休みのだらけた精神がやっと学校の授業に慣れてきた頃の先週に自転車のタイヤはパンク。それでも、もともと朝には余裕を持って支度をし、登校時間に余裕を持って家を出ているので登下校で少し疲れちゃう事と日差しを気にして日傘を刺さないとならないこと以外はとくに変わりない。ポジティブに考えれば運動する機会ができたのだ。


 私はいつも通りに登校するため、まずはお母さんが作ってくれる朝食を食べに自分の部屋を出た。

 自分の家は二階建ての一軒家。家族はパートで働くお母さんと会社員のお父さん、大学生の兄と高校生の私。二階は兄と私と良心の部屋があり一階はリビングとリビング横の一室、洗面台、風呂がある。


 朝食を摂るリビングは一階なので、ボサボサしたボブヘアの髪の毛を手ぐしでとかしながら慣れた足運びで階段を降りる。しかし、リビングには誰の姿もない。きっと兄は朝から友達と遊びにでも行ったのだろう。だが、お母さんはいつも私が学校への支度をしている間に仕事で家を出ている。なので、私が起きた時刻には必ずと言っていいほど家にいるはずだ。


 私はうさぎのみたいに耳を立てているような気分で家中の音を拾おうとするが外から音しか聞こえてこない。目で探そうとリビングを見渡していると食卓テーブルに紙が置かれているのを見つけた。そこには、



『すず おはよう お母さんはパート行ってくるから朝食はキッチンにある食パンに何か付けて食べてね あと、不必要なアラームはかけないこと お母さんより』



 私は『パートに行ってくる』の部分を見て、リビングの壁掛け時計を見つめて時刻を確認した。



 八:◯五。



 ダイニングテーブルに置きっぱなしにされていたテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを素早く押して電源を点けた。今朝お母さんが見ていたと思われるチャンネルのニュース番組が流れ出す。


 テレビの端に表示されている時刻は八:◯六とある。壁掛け時計を見ると同じく八:◯六を指し示していた。細い長針が時間が進んでいる事を否応なく感じさせられる。



(八:五〇にホームルーム。いろいろすっ飛ばした支度でも二十五分、学校まで走りで二十分……)


「あーー遅刻しちゃうーー!」



 リモコンでテレビを消した私は踵を返して階段をドンドンと規則的に音を立てながら、二階に上がり自室に入る。


 ベットの上で寝そべっているスマホを掴み、時刻を確認してからパスワードでロックを解除する。アラームのアプリを開くと起床時に使用している二つのアラームが設定されている。一つ目は平日用で七:〇〇、二つ目が休日用で八:〇〇。


 つまり、紙に書いてあった『不要なアラーム』って七:〇〇に鳴っていたと思われる平日用のアラームということか。



「鳴ってるの分かってんだったら起こしてよーーーー」



 仕事場に向かっているだろうお母さんに向かって、自分に全ての非があるのに不満を漏らす。


 朝の支度はだいたい歯磨き、洗顔、着替え、化粧であとは持っていくものをリュックに入れて外出という流れ。


 スマホをベットに放おった私は階段を寝起きとは倍の速さで下り、洗面所へと向かう。


 自分の歯磨き用のコップで口をすすぎ、歯磨き粉を歯ブラシに付けてシャカと前歯から奥歯まで一気に磨いた音と歯磨き粉の刺激に今、歯磨きをしていると強く感じた。そのとき、あることをしていないことに気づき、手を止めた。



(朝ご飯食べてないや)



 食べ物を食べたから歯磨きをするという小さい頃からの感覚から朝食を食べていないのになんで磨いているのだろうと思ってしまう。でも現に口臭とかを考えて、食べてから磨くべきだよな……。



(今はそんなのに構ってらんないんだって)



 歯磨きをやめて朝食を摂るかせっかく歯磨き粉を付けてしまったのだから今はとりあえず磨くか悩んだが、遅刻という危機感がその逡巡を霧散させた。


 その後、全力歯磨きと肌のために急ぎたい心とは裏腹にゴシゴシしないゆっくりな洗顔をしたあと少しでも早く着替えを済ませるためにTシャツを脱ぎながら自分の部屋に戻ると姿見の前に立つ。 


 さすがに走りながら脱げないショートパンツをTシャツとともに畳まず、ベットに放って置く。そのとき、スマホの上に被さり、「わかんなくなる」と思いながらも「今、気にかけていれば大丈夫だよね」と着替えに意識を向き直す。


 私はハンガーラックから土日に洗濯してもらってきれいなスクールシャツをハンガーから外し、その勢いのまま羽織る。ボタンを上から丁寧にかつ素早くを意識して留めていく。


 次にすでに縫って裾上げされているスカートを履く。最後、ネクタイを靴紐を結ぶかのように慣れた手つきでネクタイを結び軽く締めた。



(ところどころ、きっちり整ってないけど途中で直せばいいや)



 その後、完全に覚えきった月曜時間割を思い出しながらリュックに持ち帰っていた必要な教科書と筆箱、財布、汗拭きタオルなど普段学校に持って行くあれこれをぱぱっとリュックに入れる。


 あとは、作ってもらった弁当をしまって軽く化粧をして出るだけ。


 私はリュックの肩紐を片方だけ通したバランスが若干不安定な状態で陽の光で明るい自室を出てリビングに向かった。


 私は弁当をリュックに入れるためいつも黒い二段弁当を灰色を基調とした保冷リュックに入れて置いてあるシンクを見る。だがそこに保冷リュックがない。その代わりなのかお母さんが私の朝食として出して置いた食パンがある。



(これが朝ご飯か、って弁当どこ?)



 と思い、心中焦っている。キッチンの様々な箇所を素早く目線を向けてみるが見つからない。



 八:一八



 リビングの時計がその時刻を指し示してる。遅刻を回避するには二十分の登校に要する時間を考えると必ず八:三〇に家を出なければならない。


 メイクを先に済ませようかと心が洗面台に向いている。キッチンの隅々を探したあと、最後冷蔵庫を開け放った。


 すると丁度、自分の目の高さと同じ高さの段に二段弁当があった。私は瞬時に手を伸ばして弁当を取り出す。弁当を風呂敷に包み、保冷リュックに突っ込む。保冷剤を入れ忘れているのに気が付いたがお構いなしにリュックへ入れた。


 私は洗面台で最低限のメイクを済ませ、玄関に急ぐ。靴箱の時計は八:二八を示めしていた。

 どうにか、間に合いそうな気がする。遅刻回避の兆しが見えたと思いながらリュックを横に置き、かかとが折れることを気にせず紐を結ばれたままの運動靴に足を突っ込むと靴の中の固くて砂で少しザラザラする感触を肌から直に感じれた。つまり、


「靴下履いてないじゃん」


 私はフローリングを裸足で歩くときのペタペタと鳴る音が同じように走り回っていたさっきよりもやけに聞こえてくる。もう一度自室に戻り、引き出しから靴下を取り出す。その中で布団の上に無造作に置かれた部屋着が視界に入り、あることを思い出した。



「スマホを忘れかけるところだった。危なかった〜」



 部屋着をベッドの奥へと払ってスマホを見つける。


 つくづく、自分をスマホ依存症と自覚する。もし、スマホがなくなった世界で自分が生きていけるか想像ができない程に。私は直そないとなと軽い決意をし、靴下とスマホを持って玄関に戻った。


 スマホはリュックに入れて玄関框に腰を下ろす。靴下を履こうとするが焦っているせいか足の指が引っかかり履き終えるのに手間取ってしまった。そして、若干靴下のは履き心地に違和感を感じるが靴の舌という部分が靴の中に入りこまないように押さえながら足を突っ込む。


 靴棚の上の壁に掛けられた小さな好きなアニメのキーホルダーを付けている自分の鍵をリュックを背負いながら取る。慣れた手つきでつまみを回して玄関の二つの鍵を解錠し、外へと出る。


 外は湿度が高い朝方だからか、熱されるような暑さより蒸し暑さを感じる。それは朝方の湿度、気温関係なく、遅刻しそうな状況で焦る自分の熱からかもしれない。


「いってきます」


 今、自分が求める冷気を吐き出すエアコンがある誰もいない家に向けて挨拶をして風の抵抗で重いドアを押して閉めた。


 ガチャッ、ガチャッ


 鍵を刺し回すことで施錠をする。ここから走らないとならないと考えると憂鬱だがしょうがない。この場合、走ることが最短で学校にたどり着く手段だ。汗をかいたなら、ホームルーム後トイレでタオルと制汗シートで拭けばいい。


 私はリュックの肩紐を短く調節してリュックを体に密着させる。そして、腹を決めたことを体現するように肩紐を両手でぎゅっと掴んで玄関前から駆け出す。






 今、駆けている住宅街の道の向こうで右へ左へと車が頻繁に通り過ぎていく。私はその車道をまたぐための横断歩道に向かっている。


 登校するときの経路はこの道から出て右にある押しボタン式の横断歩道でその車道を渡って右へと向かい、その先にある交差点を左に曲がる。あとはまっすぐ道なりに行き、もう一度横断歩道を渡れば学校だ。道は単純なため自転車では車道を走るので減速が少なく行けるので近く感じている。そのせいか自分の足で向かる際はやけに道が長く感じてしまう。


 今では本当に間に合うか不安を誘う原因となっている。だが、自分を安心させるために頭を回すは無駄と考える私はスピードを体感できるほど上げる。走るスピードと比例するかのようにリュックの中身がその中で暴れている。


 やっと、先に見えていた道路までやってきた。その道路は直線で両サイドに二人がすれ違える歩道のあるゆとりのある片方一車線で右手に信号機が見える。その信号機の下には腰の曲がってしまったおばあちゃんがおり、信号待ちをしているようだ。呼吸が上がっている私はおばあちゃんの隣に並ぶ。

 私が来る前におばあちゃんが押しボタンを押して待ってくれていたので、まもなく信号が変わり始めるだろう。変わった瞬間から駆け出せるように呼吸を整えることに集中する。



 ……一向に信号が変わらない。



 私の呼吸は意識を向けないと聞こえない程に落ちついていた。


 「押しボタンは押されてるはずなのになぜ?」とおばあちゃんの向こうにある押しボタンに目を向けるとそこに「押してください」の赤い文字が光っている。


 「お、おばあちゃん?」と疑うような目でおばあちゃんの横顔を見てから「すみません」と自分の存在を気づかせるように声を出してボタンを押した。


「あらー、忘れてたわ。ありがとう」


 優しく微笑むおばあちゃんに「いいえ」と返してからリュックからスマホを取り出す。そして、電源ボタンを押す。


八:二九


 かなりのタイムロスをしてしまった。「いっそうの事、堂々と遅刻しちゃう?」と悪魔から提案されるが、遅刻は学校推薦のときに影響するからもし、利用したいと考えたときに足かせになったら困る。


 そのとき、車両は停止線で止まり横断歩道の信号機は大きく一歩を踏み出したポーズをする人が青く光り出した。その信号の人に負けないほど大きな一歩で走り出し、右に曲がってからもその勢いを緩めずスマホを片手に走る。


 その勢いに乗ったまま学校まで行けれたら遅刻を免れれるかもしれないと考えていたが週に一度近くの駅までランニングをしているため自分自身の体力を知っているが全力で走るのが今の私が最も早く学校にたどり着ける手段だと思う。


 するとその覚悟を誰かが無にさせるためか、私の行く先に歩道を塞いだままでいる乗用車がいる。運転席に視線を向けるとそこにはパワーウィンドウ越しに頭を前に出して、左右を見る男性が座っている。


 私はこのままの勢いで車に衝突するつもりも、勢いよく飛び越えるなどの考えは毛頭ない。私は少しずつスピードを落としていき、車が道路に発進していった瞬間元のペースに戻れるようにする。


 だが、ほとんど歩くスピードで車に手が届くほどに近づき、両足を揃えて止まる。私はランナーよろしく足踏みをして待つのは駆け出しやすいメリットよりも疲れるデメリットの方が大きいと感じるからだ。


 私は息を整えながら睨むように運転手に視線を送るとサイドミラー越しに見えたのか私の方を向いて、「すまない、車の流れが切れたらすぐ発進するから」と苦笑いで小さくお辞儀をする。この乗用車はウィンカーの点滅から右方向に行きたいようだ。当然、左車線の日本ではこの状況から右折をしたいのなら一車線跨がないとならないし、二車線の車の流れからタイミングを見つけないとならない。少し交通量が多いこの道路はどこかの信号で車の流れが止まらない限り、余裕を持って道路に出れないかもしれない。けど、


(ほらそこ、食い込めたでしょ)


 と食い込められた方の運転手が気分を悪くしてしまう、もしかしたら怒鳴られる、煽られると心配かもしれないけどここの道路の場合そうしないと切りが無いと思う。


 すると、道路を走るある一台が静寂を牽引してきたかのようにその車が過ぎ去ると車の走行音が消え、閑静な住宅街の雰囲気が強くなる。そのタイミングで目の前の乗用車は発進し、徐々に小さくなりながら走り去っていった。


 どちらの車線も信号で止められて流れも途切れたのだろう。私は、



(自家用車と免許さえあれば今、走らなくてもよかったのに)



 と行く手を阻んでおいてあのスピードで走り去るだなんてずるいとさっきの運転手に不満を抱きながら、車の発進力に負けじと強く地面を蹴り、足の回転を上げていくと速さが増した。






 もう、駆け出しのように足を上げて大きかった歩幅は感覚的には半分に短くなってしまった気がする。そして、速度も半減しトボトボという言葉を体現したかのようになっているのだろう。今の状態で少し早歩きである徒歩の自分と競争したらどっこいどっこいか、もしくは負けているかもしれない。


 トボトボの化身と化した私は住宅街を走る二つの片側一車線の道路の交差点までやってきた。これを左にずっと行くと左手に学校が見えてくる。しかし、それはここから軽快そうに走って十二、三分を要する。トボトボの化身となった私は遅刻が確定した。なぜなら走っていたときに無意識に力を込めて握られていたスマホの画面には、


 八:三九、ではなく八:四〇。


 と表示されているからだ。私はもう本気で走るのは無理だと断言できる。だが、ホームルームのお陰で五分間のほど拘束されていると想定でき、確か一時間目は教室での授業だったと思うからまだ一時間目の授業に間にあわせることは可能だ。


 私は歩きながらスマホをリュックにしまうと呼吸を整えるために大きく息を吸っては吐いてと交差点の角を左折しながら深呼吸を行う。丸で吸い込んだ空気が汗を押し出すかのようににじみ出てくる。九月の中旬だというのに夏の暑さがまだ居座っているような気温。


 その中、私は遅刻が確定しようともこんなに汗だくになりながらも走り家と学校の半分くらいまで来ている。それに遅刻と欠席は大きな差がある。授業も大した量をやらないだろうけど個人で追いつこうとするのは少し面倒くさい。宿題が出されていたらなおのこと、それに月曜日の放課後には部活動がある。このままホームルーム開始の十分後に始まる一時間目に間に合わせ、授業を受け、放課後は漫画研究部の部活動。これが無難かと思う。一時間目は確か教室で行うものだったはずなので教室に九時までに入り込めれば正直セーフと言える。


 あと一時間目まで約二十分。私は時間を確認して焦ることを失くすためスマホをリュックの小さいチャック付きポケットにしまい、ゆっくり息を整えながら歩く。一度しっかりと呼吸を落ち着かせなければ走り出したとて長くは走れないと感覚的に感じた。


 全力疾走ではなく、学校まで力尽きることがない程度の長距離を走るペースで駆ける。


 一直線の歩道の先には学校の手前にある交差点が見えるがそこまでがとても遠い。昨日は夜ふかしをしていた訳でもないためアラームの設定時間さえ、しっかりしていればこうはならなかったのに、と寝起きとは違うしょうがないというような軽い後悔をする。


 徐々に体はこの走るペースに慣れ、自分が足を止めない限りどこまでも走り続けれるような気分になる。このリュックを背負ってる私にはこのペースがあっていることが分かる。ランニング中にもこういうことがあるが止まってしまうとその状態がリセットされる感覚がするのでこれを持続させるには走り続けようという心の持ちようが大切である。


 横の車道を自分と何倍もの速さで走る車に競争心を抱くが、自分のペースを守ることに意識を向ける。よそはよそ、うちはうち。そんな言葉が頭に浮かび上がった。周りを気にせず自分のペースに行くことは大切だなと実感した。






 交差点を運良く止まらずに横断歩道を渡れ、学校の正門までやってきた。校舎までは緩やかな坂があり、運動不足の生徒にはいい運動だと思う。


 正門には黒い時計が建てられており遅刻しそうなときは必ず見上げてその時計の指す時刻によってラストスパートをかけるか決めている。他の生徒もそんな感じだろう。


 八:五四。


 その時計は今の時間をそう示している。当然だが周囲には仲間の姿は見当たらない。他にもいてくれたら少しは気が楽なのに。


 ここからなら歩いたとしても教室に付いてからロッカーから教科書を取り出し、友達と「どうして遅刻したの?」と少し会話をできる程度の余裕がある。でも、私はトイレで制汗シートで拭く時間はほしいのでラストスパートをかける。


 先ほど正門で微かに男子運動部のような声が校外に漏れ出ていたのを感じた。果たしてなんの競技に興奮しているのだろうか。私は今、体育でバレーをしているのでグラウンド競技の様子を知らない。私の学年の今のグラウンド競技はサッカーだった気がする。


 坂をほとんど駆け上がると正面に体育館、右手にグラウンド、左手に三棟の校舎がある。なので、左に曲がろうと左に意識を向けていると、


「鈴乃ー、そんな急いでどうしたん? わお、汗だくじゃん」


 グラウンドの方から聞き覚えのある声が聞こえた。振り向けば、同じクラスの友達の野球部マネージャーである川口紗奈かわぐちさながいた。


(うそ! 一時間目体育だった?!)


 と明らかに制服でない格好の彼女の存在のみでそう判断した。しかし、彼女の服装を見るとうちの体育の際に着替えるはずの学校の体操着ではなく胸元にローマ字表記でHanaokaと学校名がプリントされた野球部のチームTシャツを着ていた。


「あれ……? 紗奈は部活?」


「そうだよ、三年生が卒部したから新部長が仕切るけど慣れてなくてどこかゆるい感じがするんだよね。まあ去年もそんな感じだったから大丈夫だと思うけどね」


 紗奈は少し頬を染めて私の質問に答える。その新部長の名は中西柊真なかにししゅうまであり、紗奈が思いを寄せる人でもある。クラスは違うが紗奈といると紗奈に用事があり柊真がやってくるので私は顔見知りぐらいの関係である。でも、紗奈と話している様子から考えると物腰が柔らかく、ビシバシ命令を下せるようなタイプないように感じた。紗奈は肉食系より彼のような草食系の方が好みだと言っていた。


 紗奈の恋に気を取られたが私は紗奈の格好、今日授業を受ける予定がない気楽そうな雰囲気から察してこう訊いた。


「もしかして、今日って日曜日?」


 確かに金曜日、土曜日、私の中では昨日にあたる日曜日の三日間しっかり女子高校生ライフを生き、十二時前には寝たそう記憶されているがもしや、夢の中の夢で一日分満喫していたのかもしれない。あっ、確かその幻の日曜日に宿題を一所懸命問いた覚えがあるがそれはやり損だったのか?!


「何言ってんの? 今日は月曜日だよ。祝日になんだけど確か敬老の日だった気がような……っでなんでそんなこと訊くの?」


「……今日、平日かと思って来ちゃった」


「――っあはははは」


 今私は顔面を紗奈よりも真っ赤に染めているに違いない。紗奈は少し間を開けてから大きな声でどっと笑い出した。校庭の方からは私のことなどそっちのけで練習をしている声が聞こえる。まるで今日が祝日だということを当然だと主張してくるように。現に祝日なのだが。


「お疲れ、お疲れぷぷっ……、走ってきちゃって大変だったろうに。今自販機に行くけどなにか奢ろうか?」


「いい、帰る」


 無駄足になってしまた私を労うために飲み物を奢ってくれるようだが、私は恥ずかしさのあまりその場を逃げるように正門の緩やかな坂を正面に捉え、紗奈と学校全体に背を向ける。


「えー、せっかく来たんだから話し相手になってよー」


 そのまま来た道を帰るのはあまりに味気ないと思っていた。それにこのまま子供みたいなふてくされた行動を遂行してしまうのは更に恥ずかしいことな気がした私は半回転して、


「カフェオレ奢って」


「ん〜、あたたかい方ってあったっけ?」


「つめたい方だよ、こんな暑いのにホットは無理だって」


 リュックからタオルを出して汗を拭う私とこの気温に慣れっこなのか涼し気な表情の紗奈は自販機の設置されている校舎の方へと歩いていった。

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