第10話藤田承

『多様性』という言葉が嫌いだった。多様性が救ってくれる人間に自分は含まれないし、しかも自分が近寄って欲しくない人間も近づけてくるから。


EP10 藤田承


1日が終わった。

午前6時、藤田(フジタ)承(ショウ)はそう思った。シャッターを締め切った部屋は、朝でも電気を消せば真っ暗になる。ドアの向こうで家族の声が聞こえる。そうすると今日は終わる。どうせ外に出ないだろうと染めた汚い紫色の髪の毛は、今日もボサボサだ。


中学生のときいじめにあい、学校に行けなくなった。人生一度きりだから楽しんだ方が良い。そう自分に言い聞かせた。


『普通』に生きればもっと楽しくなる。家族はそう言った。


……………。


『好きなように生きよう』

鏡を見てそう思った。軽い気持ちだった。

『今の状況だからできることをしよう』


午前0時。家族が寝静まった。

藤田は自分の部屋から出て、一階のリビングに来た。このがらんとした雰囲気が好きだった。

藤田は昔使っていた自分のリュックサックに、台所にある食べられそうな缶詰などをあるだけ入れた。

「……………」

次に親の不用心に置かれた財布の中からクレジットカードを抜き出した。

そして音を最小限に抑えてゆっくりと、掃き出し窓から外に出た。


夜の風が吹く。

自分を受け入れてくれる感じはしないが、居心地が良い。


数日後


藤田は店を訪れた。

パン一つ手に取り、レジに行く。

「こちら袋はご利用になさいますか?」

藤田は首を振る。

「お支払いどうされます?」

「あ、カードで」

藤田は震えた声で言う。

「はい。パスワードお願いします」

「えっと、すいません。サインでいいですか?」

「はい。わかりました」

店員がよういした紙に、藤田は親の名前を書く。

「ありがとうございます」

藤田はパンをポケットに入れ、店を出た。


藤田は公園のベンチに座る。

「……………」

誰もいない場所というのが好きだ。


「こんにちは。藤田承さんですか?」

自分より若く見える青年が、藤田の横に座る。

「……………」

藤田はからだが固まった。

「いえ、都合の悪いもんではありません。少しお話ししたくて。」

喋りかけてくるだけで都合が悪いと、藤田は思った。

「福岡県に出現した巨大な化け物ってご存知です?」

「はい…」

藤田は首を縦に振る。

「実は僕、それの子供で。」

「…………」

「今人間に味方してる化け物の少女みたいな人間を作れって言われてて…興味ないですか?」

藤田は思う。この青年は自分の本名を知っている。この話がホントでもウソでも、危険であることに変わりはない。


考えるだけ無駄だ。死ぬなら死ぬでそれもいい。疲れたくない。

「えっと……はい、興味あります」

逃げるのも面倒だ。

「興味ありますか!いやー嬉しいですね。そう言っていただいて。」

「……………」

「なりかたは簡単です。この肉を食べて『殺意』を抱くだけ!それで簡単に化け物になります」

そういうと青年は、手のひらくらいあるラップで巻かれた肉塊を藤田に差し出した。

「焼かなくても大丈夫ですよ」

「はい…」

「では、あなたなりに好きに使ってください」

青年は走り去った。

「………………」

藤田はラップを地面に捨て、肉を食った。

瞳が赤く染まった。


数日後


1日が始まった。

午前5時、藤田はそう思った。

ベンチの上は、いやでも朝日が目に入る。今日も生きている。そう確認すると、1日は始まる。


「あのー、すいません。君、いくつ?うちはどこ?」

「おい、いいだろ無駄だって」

「………………」

警察二人が藤田に話しかける。

「……………」

「ホラ、ホームレスだよ。ここにもいたのか」

「…………………………」

「うちはどこ?名前は?」

「……………」

藤田は俯いて黙る。


自分に向けられる偽善が嫌いだった。価値観を押し付けられているみたいで。


「……………………………………………」


殺意


最初に話しかけた警察の首が勢いよく飛ぶ。

「…………………」

藤田と警官は驚きを隠せなかった。

「うわ…………!!」

二人目の首も飛ぶ。

「………!!!」

藤田は辺りを確認し、その場を走り去る。

冷や汗が止まらなかった。


だが、藤田の口角は上がっていた。

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