繰り返して……繰り返して

五三竜

転生飴

 ある日、彼は思った。こんな何ともない、代わり映えの無いような毎日が続くのだろうかと。そして、彼はそんな毎日に飽きていた。


 昔はあく無き探究心による冒険で、様々なことに挑戦してきた。検定を受け、資格を取得しようとし、有名になろうと努力した。


 しかし、それは全て無駄だった。彼はあらゆることに失敗し、全てを失い、何も残らなかった。


 同じようなタイミングで同じことを始めた女性は、彼とは違って成功している。大成功を収め、今では有名人だ。


 彼女も成功した。努力をし続ければ自分もいつか成功する。彼の頭にはそんな考えが浮かぶ。そして、彼は彼女に話しかけた。


 初めは仲良く話していた。彼は初めての友達に喜びを隠せない。だから、沢山話した。毎日毎日話しかけ、毎日毎日楽しく話をした。


 そんなある日、彼は落ち込むような出来事が起こってしまった。そのせいか、彼の雰囲気は暗くなってしまう。そして……彼の周りから人はいなくなった。先輩も後輩も、知り合いすら離れてしまう。


 彼はその事実にどんどん暗くなる。暗くなって、暗くなって、暗くなって、遂に友達も居なくなった。話しかけても話返されず、話しかけられることも無くなった。


『彼は1人になって……スベテガゼロニナッテシマッタ』


「……」


 彼は、飽き飽きした世界でゆっくりと立ち上がり冷蔵庫開く。近くにあったペットボトルを手に取った。その時、ふと目の前にあった飴に目がいく。


「……?転生……飴?」


 彼はそれを手に取り裏表紙を見た。買った覚えのないものに戸惑いながらも、”昔”は持っていた好奇心が蘇り説明を読む。


「”この世界に飽き飽きした皆様へ。これを噛み砕いて新しい世界へと生まれ変わりましょう。そして、全てをやり直しましょう”」


 彼はその言葉を声に出して読むと、中にあった飴を手に取った。


 恐怖心ももちろんある。でも、それ以上にこの世界から消え去りたいという気持ちと、”昔”は持っていた好奇心によってその飴を口に放り込んだ。


「……」


 ガリっという音が聞こえる。彼は、少し柔らかい、噛み砕きやすい飴を噛み砕き、”死んだ”。そして、”生まれ変わった”。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……その世界では発明家になった。新しい発明で沢山の人を救おうと考えた。しかし、発明品は全て盗まれ、彼は殺された。その後、その世界ではその発明品によって戦争が起き、崩壊した。


『……あぁ、またやり直しだ』


 彼は、死ぬ前に噛み砕いた転生飴で転生した。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……その世界では冒険家になった。”昔”は持っていたあく無き探究心によって理想郷を探した。しかし、彼は周りを何も見ておらず、罪なき人々が何人も、何人も殺された。


『……あぁ、また失敗だ』


 彼はその日、自殺した。身体中の臓器をほじくり出して、喉にナイフを突き刺し死んでいた。


 彼は、死ぬ前に噛み砕いた転生飴で転生した。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……その世界は崩れていた。あらゆるところで戦争が勃発し、沢山の人が毎日死んでいく。彼は、そんな世界で医者になった。戦う医者となって戦地に赴き人々を助けた。


 しかし、それを善と思わない人の手によって彼は死んだ。


『……あぁ、また失敗だ』


 彼は、死ぬ間際に噛み砕いた転生飴で転生した。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……その世界では流浪人となった。そして、旅をして世界を知ろうとした。


 初めは多くの人が助けてくれた。しかし、職に就くことも無く点々と歩き続けるだけの彼に嫌気がさした人々は、彼を後ろから襲い、首を切り落とした。


『……あぁ、また失敗だ』


 彼は死ぬ間際に噛み砕いた転生飴によって転生した。


 それからも彼は何度も何度も転生した。繰り返し繰り返し生まれ変わる世界で彼は何かを起こそうとした。


 何も出来なければ直ぐにチェンジ、なにか出来ても殺されればチェンジ、失敗すればチェンジ、チェンジチェンジチェンジ……


 そんな変え続ける人生を彼は無限に繰り返した。


 しかし、中には成功したこともあった。しかし、直ぐに騙され大切な女性を犯されぐちゃぐちゃにされてから殺された。


 絶望する時だってあった。恋人を作った時もあった。帝王になった時もあった。しかし、どの時も必ずなにか悪いことが押し寄せてくる。


 監禁されたり、犯されたり、拷問されたり、殺されたり……


 彼はそんな苦痛に耐えきれなくなった。だから、この世界でもまた転生飴を噛み砕く。そして、自殺をした。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……彼は何かに襲われたかのように飛び起きた。そして、荒々しく呼吸をしながら辺りを見渡す。


 すると、そこが転生する前の自分の家だと気がついた。どうやら巡り巡って戻ってきてしまったらしい。


 彼は1度深呼吸をして息を整える。そして、この何も取り柄のない体で立ち上がるとその手に持っているものに目をやった。


「……」


 それは転生飴だった。中にある飴は転生を始める前と変わっていない。しかし、袋に文字が書かれてあった。彼はそれを読み上げる。


「”おかえり。転生の旅はどうだった?楽しかった?嬉しかった?多分楽しくなかったでしょ?苦しかったでしょ?これで分かったと思うけど、今のこの生活が良いんだよ。たとえなんの取り柄がなくても、たとえ失敗しても、ゼロになっても、今の体で挑戦し続けるのが1番なんだよ。それに、こうして逃げることなく生きることが、正解で『成功』なんだよ”」


 彼はその文字を読んで少し笑みを浮かべる。そして、その手に持っている転生飴をゴミ箱へ捨てた。


「……」


 彼はそのまま家の外に出ていく。外に出ると、既に夜になっていることに気がついた。あの長かった転生はこの世界では半日程度でしか無かったらしい。


 彼はその事実に少しだけ微笑む。そして、懐から何かを取りだし空を見上げた。


「生きてることが『成功』……か。それは、成功した人が言えるんだ。……成功した人と失敗した人では価値観が違う。成功した人の最低は、失敗した人の最高なんだ。成功した人の失敗は失敗した人の成功なんだ。だから、生きてることが『成功』なんて言えない。だって、失敗した人は生きてることは『成功』ではなく『失敗』だから。どうせ生きてても『失敗』だから。……ま、成功した人には分からないだろうけどね」


 彼はそう言ってその手に握られているものを見た。それは転生飴だった。どうやら1粒残っていたらしい。これを噛み砕けばまた新しい世界でやり直せる。彼はそんなことを思いながら、その転生飴を足元に投げ捨てた。そして、足で踏みつぶし砕く。


「ま、生きてるのも『成功』なのかもしれないな。もしかしたらどこかで成功するかもしれないし。挑戦し続ければ成功する。だから、生きてることが『成功』なんだと思ったよ。そうなんだろ?」


 彼は空に向かってそう言葉を放った。すると、それに答えるかのように星が瞬いている。


 彼は少しだけ笑うともう1度懐から何かを取りだした。彼はそれを星の光で照らす。すると、月光と星の光で煌めいていた。


「……成功までの道のりは長い。そして、その成功には仲間の存在が必要だと思う。だから、俺には成功出来そうにないよ。だってさ、これまで転生してきて、仲間になった人とか、助けてくれた人、自殺を止めてくれた人は誰一人いなかった。この世界だって居ない。……そういうことさ」


 彼は何かを握りしめると自分に向けた。そんな彼を星達が見下している。彼にはその星達がこれまで彼を殺してきた人達にしか見えなかった。


「……」


 彼はその何かを自分に向けて突き刺した。その瞬間、彼をとてつもない痛みが襲う。だが、それは苦しみではない。慣れてしまって、子守唄のようなものにしか思えなかった。


 だが、体は正直だ。唐突に全身に力が入らなくなる。彼は両膝を着いて空を見上げた。空は真っ暗なはずなのに、星達が光り輝き彼を照らしている。もしかしたら、彼の行動を表彰しているのかもしれない。……いや、もしかしなくてもそうだろう。どうやら世界までもが彼にこの行動を取らせることを望んでいたようだ。


 全てを察した彼は空を見上げて狂気に満ちた笑みを浮かべた。まるでこの世の全てを呪うようなその目は、彼の悲痛な叫びなのかもしれない。


 そして、彼はその何かから手を離した。ブラブラとさせながら地面に溜まる赤い液体に触れる。暖かいそれは、彼をレッドカーペットで導くかのように暗闇に続いていた。


 彼は、そんな何もかもに嘲笑われながら少しずつ暗闇に堕ちていく。目は開いているはずなのに目の前が真っ暗になっていく。意識は保とうとするが、切り取られたかのように無くなっていく。二度と、戻っては来れない暗闇に堕ちていく。


 そして、その日、その時、彼は、最後の『失敗』をした。

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