97.生まれ変わった理由

 タンジー公爵家の養子候補として、クレチマスが選ばれた。実家に残っても、嫡子ではない次男の未来は暗い。どこかへ婿に出されるか、領地の管理人になるか。選ぶには酷な選択肢だった。


 次男であるクレチマスに舞い込んだ養子縁組は、千載一遇のチャンスだ。もし選ばれれば、最高峰の教育を受けて未来を切り開ける。万が一候補で終わっても、悪いようにならない。すぐに飛びついた。


 候補者は三人いる。義妹になる公爵令嬢とのお茶会が予定され、そこで相性を見極めると聞いた。唯一、タンジー公爵直系の血を引く令嬢、彼女に嫌われれば未来は閉ざされる。緊張しながら向かった。手土産は禁止され、物で釣る作戦はない。


 弟妹がいないため、クレチマスは緊張していた。子供と触れ合った記憶は……あるような? うーんと考えながら、思い出せないことに苛立ちを覚える。それでも親の用意した服に袖を通し、お茶会の場に向かった。


 到着した順番は、クレチマスが一番最後だ。二人は予定よりかなり早く詰めかけたらしい。阿呆か? 上位者である公爵邸に、時間を守らず訪れるなんて。いくら約束があっても失礼だ。出迎える使用人の負担も大きい。正直、クレチマスは呆れた。


 公爵閣下がこれを優秀と判断するなら、俺は候補から外れた方がいいな。不敬にもクレチマスは内心で大人びた考えを展開する。ダメならそれでいい、と緊張も緩んだ。


 紹介されたのは、愛らしい少女だ。まだ幼いと表現してもいい。銀髪に青い瞳、将来が楽しみな美少女は無表情だった。緊張しているというより、不満なのか。そんな彼女の事情を無視して、二人の候補はいきなり話しかけた。手を握ろうとして、拒絶される。


 取り入ろうとする二人から離れ、俺は醜いやり取りを見ていた。泣き出しそうだ。そう感じたのは、少女の唇がきゅっと突き出された瞬間だった。


「もうやめなよ、彼女は怖がっているよ」


 リッピアの名は紹介されているが、本人が許可していない。だから呼ばずに、曖昧に濁した。するとリッピア嬢にお前は相応しくない、だのと騒ぎ出す。子供すぎて嫌になるな。自分と大差ない年齢の少年二人に溜め息が漏れた。


「そこまで。二人は失格とする」


 黙ってみていた公爵の判断で、泣き喚く二人が連れ出される。使用人ではなく騎士を使ったのは、ご令嬢を泣かせそうになった罰か? いや、あの二人の両親が騒ぐのを黙らせるためのようだ。


「リッピア、新しく兄になるクレチマスだ」


 公爵の言葉に続き、クレチマスは丁寧に名乗りを挙げる。正面から青い瞳と向き合った瞬間、すべてを思い出した。


 ああ、そうだ! 俺は……孫や子に見送られて息を引き取った。何も不満のない人生とはいかないが、大往生だったな。老衰で死に、なぜここにいるのか。頭の中を大量の情報が流れ、溢れる知識が吐き気を招く。それでも我慢して呑み込んだ。情報の整理は後だ。


「これからよろしくね」


 膝をついて挨拶をしたクレチマスに、リッピアはほわりと笑った。その笑顔に惚れ、守ることを誓う。リッピアを守るために、この世界に来た。


 俺はこの時、本当の意味で生まれ変わったんだ。

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