96.前世から望んだ幸福の形
前世は親に恵まれなかった。暴力は振るわれないが、愛されない。食事は菓子パンかおにぎりで、いつも部屋に一人だった。片付いていると表現すれば聞こえはいいが、何もないアパートで床に寝転がって過ごす。それが異常だと知ったのは、自立する年齢になってからだった。
友人の実家に宿泊した際、全く違う風景に驚く。母親は料理を作り、小綺麗に身支度して出迎えてくれた。父親も不潔感はなく、穏やかな笑みで歓迎の言葉を口にする。家の中には家具が並び、生活感があった。
まるで宝箱だと感じたのを覚えている。同じ宝箱が欲しくて、地下アイドルになった。外見がそこそこ整っていれば、ちやほやしてもらえる。外見より普通の家庭を築ける優しい人を求め、何人も付き合った。最後は運悪く、巻き添えで死んだけれど。
久しぶりに前世の夢を見て、涙に濡れた目元に触れた。大きく深呼吸すると震えて、まだ動揺中の自分に気づく。涙に濡れたのは長い時間ではなかったようで、顔を洗って冷やしたら目立たなくなった。それでも気づかれてしまう。
「よく眠れなかったの? ビオラ」
「辛いことでもあったのか?」
心配する義父母に首を横に振った。神殿に匿われたビオラも、危険がなくなったことでラックス男爵家に戻っている。実の両親が亡くなったので、もうここが実家だ。安心して夢を見たのだと、ビオラは笑った。
無理をしなくても笑顔になれる。愛され大事にされて、愛情を返すことを覚えた。全部二人のおかげだ。
「大好きよ、お父さん、お母さん」
前世の友人が口にした言葉を、男爵夫妻へ使う。喜ぶ二人と朝食をとり、神殿へ向かった。ルピナスと結婚式の衣装合わせがある。この国は神官も妻帯可能だ。彼は神殿の入り口付近で待っていた。
「どうしたの、目が赤いよ」
「変な夢みちゃって」
もう大丈夫と笑い、彼と腕を組む。街中には結婚式のための衣装が溢れ、花を飾った店が祝い事に色を添えた。沸き立つ人の間を抜ける。あちこちから祝いの声がかかった。
「ありがとう!」
お礼を言ったビオラは、ドレスの専門店に入る。白いドレスが複数飾られているのは、結婚騒動を知り大急ぎで仕立てたのだろう。男爵家の資産状況では、オーダーメイドは無理だ。ビオラも豪華さは望まなかった。
神官の妻として、神殿の掃除や信者の相談に乗る。その生活は慎ましく、祈りに満ちていた。すでに結婚した神官夫妻の生活を見て、納得して決めたのだ。この人となら、幸せな家庭を築ける。いや、築こうと努力する覚悟があった。
数着を眺め、触れて考える。そのうちの一着を選び、袖のデザインを変更してもらった。丸く膨らんだ袖より、大人っぽいデザインがいい。ビオラのドレスの注文が終わり、ルピナスの衣装も決まった。
「どうする?」
「今日はお休みよね。だったら街を散策しましょう」
腕を組んで、恋人らしくデートがしたい。疲れたらベンチに座って、屋台で買った串焼きを食べる。最後に夕陽が見られる丘に行きたかった。ビオラのささやかな願いを、ルピナスは全力で叶える。
「ビオラ、僕と結婚してください」
「いきなりどうしたの? これ……高かったんじゃ……ううん、嬉しいの」
夕陽で真っ赤に染まる丘で、ビオラはルピナスのプロポーズを受ける。指輪ではなく、綺麗なネックレスをもらって。今生こそ幸せになるわ。
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