68.手紙に一喜一憂

 婚約者カレンデュラからの手紙を受け取り、コルジリネは表情を和らげた。仕事が終わってから読もう、と決めたのに……数分後には開封してしまう。それでも堪えた。


 せめて中身に目を通すのは、手元の書類が片付いてから。自分に条件を科しながら、すぐさま覆してしまう。いっそ読んでから、気持ちを落ち着けて仕事をする方が早いと判断した。コルジリネの理性が、欲に負けた瞬間だ。


 封筒から取り出した手紙は、ふわりと甘い香りがした。開いてすぐに読めばいいのに、なんとはなしに指先で弄んだ。深呼吸してから開く。さっと一回読んで、もう一度読み直した。


 カレンデュラの手紙は甘い香りと裏腹に、甘い言葉は並んでいない。二枚にわたる内容は、すべて新しく発見したことや周囲で起きた状況の説明に使われていた。昂った感情の落ち着け先を見つけられず、コルジリネは封筒に戻そうとして……もう一枚入っていることに気づく。


 懲りずにどきどきするコルジリネは、色の違う便箋を開いた。体調を気遣う言葉と寂しい気持ちを綴った手紙は、状況説明より短い。それでも十分すぎるほどだった。コルジリネは微笑みを浮かべ、その文字を丁寧に指でなぞる。


 普段の美しい文章より、少しだけ丸みを帯びた文字が嬉しい。素顔の彼女を感じながら、コルジリネは手紙の内容を反芻した。嬉しかった最後の一枚を思い出すたび、ぐっと堪えて報告書に近い文面を脳裏に並べる。


 新書で発売された本は、何冊か購入した。コルジリネが手に取るのはビジネス書が多かったが、まれに流行りの小説を選ぶこともある。友人の勧めで読むことが多かった。『コロナリア建国記』のタイトルに覚えはない。だが……ふと思い浮かんだ表紙の絵。


「読んだかもしれない」


 眉を寄せて呟く。長い小説なら、途中だけ? いや、最新刊だけ読むこともあった。前世の自分を思い出しながら、遡る形でたどる。


 軍事帝国が滅ぼされる話……SFではなく、分類はファンタジーか。魔法は出てこない。条件を並べながら、浮かんだのは小説の一部分だった。


 ――アスターは覚悟を決めた。それが運命なら、前に進むしかない。セント・レーア帝国は仇だった。


「セント・レーア?」


 響きが違うが、セントーレアのことか。なら、アスターは主人公だろう。カレンデュラの記した手紙に追記しようとして、慌てて別の書類をひっくり返した。紙の裏へさらさらと書き記す。コルジリネの記憶力は高いが、思い出したそばから忘れるような恐怖感があった。


 他にもいくつか思い出した単語を記し、ほっと息をつく。だが少しして……ひっくり返して裏紙に使った書類が重要案件の計画書の表紙だと気づき、顔を引き攣らせた。


 後で誰かに複写させなければ……コルジリネにしては珍しい失態だった。今後は注意しようと決め、メモ用紙となる紙を用意するよう侍従に命じた。

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