61.王子の覚悟、囚われの侍女

 タンジー公爵家の所有する砦に到着したユリウスは、その光景に目を見開いた。集まっているのは大量の難民で、受け入れる人数に限度があるため、ほとんどは塀の外側にいる。


「隣国で何が起きたんだ?」


 見渡せる砦の上部で、ぽつりと呟いた王子に公爵夫人が答えた。鎧を纏い凛とした立ち姿の彼女は、丁寧に説明する。


「あちらは受け入れを決めた者たち、こちらは断った者です。エキナセア神聖国の教皇猊下が亡くなったそうです。国の中心人物が倒れたことで、崩壊したのでしょう」


 そこで言葉を止め、反応を確かめる。彼女は噂も聞いたことがない第二王子を試していた。結果次第で、今後の王家との付き合いが変わる。元辺境伯だったため、タンジー公爵家は国防に関する意識が高い。


 愚かな王を抱いて、共倒れする気はなかった。第一王子ローランドが王族籍剥奪となった今、第二王子ユリウスが繰り上がる。二代続けて愚者が王に立つなら、王家の血統を入れ替えるべきだ。別の……優秀な血筋を混ぜるのではなく、王家の交代で用が足りる。


「神聖国の教皇猊下は、王と同じ……王が倒れたとしても、次の後継者がいるはずだ。なぜ国が揺らぐ?」


 驚いた公爵夫人は、続いて口元を緩めた。きちんとした教育も受けていないのでは? と疑ったが、着眼点は悪くない。


 何より、鎧姿の公爵夫人に苦言を呈するでもなく、戦時中であると理解して対応する。状況を把握して臨機応変に振る舞う姿は、公爵夫人の及第点を上回った。


「学ぶ気はありますか?」


 王として学ぶ気があれば、タンジー公爵家が後ろ盾になる。その代わり、厳しい教育が待っていた。義息子に迎えたクレチマスは優秀だったが、それでもかなり苦労して学んでいる。もっと短い時間で、一気に叩き込んで覚えさせる予定を頭の中で組み立てた。


 ぎりぎり、間に合うか。


「民のため、国のため。頂点に立って人々に憎まれる覚悟がおありなら……支えましょう」


 公爵夫人は、わざと嫌な表現を選ぶ。国の頂点に立つ王は、国を守る生贄だ。どんな言葉で取り繕っても、できて当たり前で失敗すれば責められる立場だった。愛する女性を諦めて政略結婚し、生まれた我が子に同じ定めを強いる。


 滅びた小国の王女だった公爵夫人は、その覚悟を問うた。ここで美辞麗句を用いて誤魔化しても、すぐに剥がれるのだから。


「私は、まだ王の覚悟に足りない。だが皆が幸せになる手伝いはしたいと思う。鍛えてくれないか? 吸収できない阿呆なら切り捨ててくれ」


 正直に答えたユリウスに、公爵夫人は鎧の胸に手を当てて、騎士の敬礼を送った。






「失敗した……」


 リクニス国から聖女が支援に向かった。その話を聞いて、隣国へ亡命するために利用する。追加の支援物資を送る馬車に同行し、途中で姿を消そうと試みた。成功したかに思えたが、突然捕えられる。


「聖女様を保護したぞ」


 大喜びする神殿服の聖職者は、こちらの話を聞かない。神殿騎士によって護送という名称の連行を受け、神殿内の塔に閉じ込められた。螺旋階段しかない塔の上部は、部屋が一つだけ。飛び降りることも不可能な小さな窓は、明かり取りか。


 亡命に近い状態だが、思っていたのと違う。ネモローサは唇を噛んで、己の運のなさを嘆いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る