53.諫言を受け入れるも器

 国内といえど、王宮から出るのは初めての経験だ。第二王子ユリウスは、馬車の中から景色を眺めた。本当は窓にへばりついて、子供のように見ていたい。すべての景色を見逃したくなかった。


 察したように、タンジー公爵は馬車の窓についたカーテンを引かない。手元の書類をしばらく眺めた後、閉じて目元を手で押さえた。


「ユリウス王子殿下、申し訳ありませんが少し休みます」


「ゆっくり休んでくれ」


 許可を与えると、公爵はわざわざ頭に布を被って眠り始めた。耳を澄ませ、呼吸音を確かめる。時間を置いてから、窓際に寄った。流れてくる景色は、どれだけ見ても飽きない。ユリウスは過去の自分を、少しだけ憐れんだ。


 何も知らず、覚えようとせず、拗ねて甘えて過ごした。義母や義兄に狙われるとしても、外へ出て暮らせばよかったのでは? 後悔がユリウスの胸を潰す。と同時に、これからの自由を思って心踊らせた。


 まだ王太子への指名がない。今なら外へ出られるのでは、と期待してユリウスは父王に願った。何か言いたげに唇を震わせたが、眉尻を下げてユリウスの決断を許したフィゲリウス。最愛の妻リンゲルニアに似た息子を送り出した。


 そこに滅びる王家を継がせる詫びが込められているなど、ユリウスが察するはずもなく。馬車はごとごと揺れながら辺境の地を目指した。


 タンジー公爵家は元々、辺境伯家の一つだった。エキナセア神聖国の侵略を退け、数代前の王女殿下が臣籍降下する。そこで陞爵した公爵家なのだ。その後も王妹殿下の降下があり、公爵家としての地位が確定した。


 領地替えを拒んだため、公爵家で唯一国境に接する領地を持つ。国を支える要であると自負するタンジー家にとって、領地を守ることは誇りだった。


 いくつかの領地を抜け、ようやく自領に到達する。途中で宿泊する予定の街で、一行は足を止めた。手配した宿に向かう公爵に、伝令が駆け寄る。ひそりと耳元に伝達を残し、一礼して下がった。


「馬を引け! 王子殿下は馬車で参られよ。お先に失礼する」


 ユリウスが問う暇もなく、公爵は馬に跨った。最低限の荷物と護衛を連れて走り去る。到着した伝令は全力で走ったためか、宿の部屋に下がった。だが別の伝令が王宮へ向けて走る。


 慌ただしくなった状況に、経験も基礎も足りないユリウスは困惑した。何が起きているのか、わからないことが怖い。騎士を捕まえて問うも、ご安心くださいと受け流された。話せと命じればいいのか?


 暮れていく空を見上げ、タンジー公爵が走り去った街道を眺める。追いかけたい気持ちが強く、護衛の騎士にそう告げた。


「第二王子殿下、よくお聞きください。無礼を承知で申し上げますが……足手纏いです。馬で夜駆けた経験もなく、体力も足りません。馬車で王宮にお戻りになるか、このまま明日の出発をお待ちになるか。判断はお任せします」


 きっぱり言い渡されたことで、ユリウスは覚悟を決めた。王宮へ戻ることはしない。だが経験者の意見を無視し、勝手な行動を取るのは危険だ。


「わかった、明日出発する。タンジー公爵家までの護衛を頼む」


 何もできないと揶揄される王子の、今後を左右する大きな決断だった。

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