52.疲れたら休みを

 訪ねてきた公爵令嬢に危険を告げられ、ホスタ王国の王太后は目を見開いた。自国が攻められる? ユーフォルビアの脳裏に浮かんだのは、カラミンサ公国だった。他にも国境を接する国はあるが、国力差が大きかった。


 ホスタ王国が弱ったと判断し、隙をつくならカラミンサ公国しか思い浮かばない。真剣な表情のカレンデュラを見つめ、ユーフォルビアは深呼吸した。王族の仮面である微笑みでなく、心からの笑顔で礼を口にする。


「ありがとう、デルフィニューム公爵令嬢カレンデュラ殿に心からの感謝を。落ち着いたら、ぜひ遊びにいらして」


 普通なら呼び捨てる名を、敬称付きにした。そこに感謝と敬意が滲んでいる。


 穏やかな王太后の声に、カレンデュラも落ち着きを取り戻した。この場で焦っても仕方ない。まずは伝令を送り、国境まで王太后を無事に送り届けることが重要だ。


「お心遣いに感謝しますわ。新婚旅行先として検討いたします」


 公式の挨拶を交わし、両国間の認識を確かめる。謝罪を受け入れたリクニス国は、今後、ホスタ王国の同盟国となった。軍事同盟ではないが、緊急時の手助けや人道的な支援は迅速に行われるだろう。


 ホスタ王国が見せた誠意に対する、リクニス国の答えだった。


 ホスタ王国へ戻る準備が慌ただしく始まる中、カレンデュラは王宮内の薔薇園へ向かった。灰色の曇り空の下、花弁の色を誇るように競う薔薇の前で足を止める。これでよかったのか、不安が足元から這い上がった。


 この世界が複数の物語によって構成されるなら、知らない物語が影響を与える可能性もあった。一つの行動が違う未来を引き寄せ、何らかの強制力が働くかもしれない。他国の戦を防いだことで、この国が攻め込まれたら?


 カレンデュラの手が震える。こんな時、コルジリネがいてくれたら。


 友人であるティアレラの辺境伯領、タンジー公爵家の領地、どちらも危険な地域だった。不審な動きをするジキタリス子爵家……逃げられた侍女ネモローサも不安材料だ。もうすぐビオラも戻る。


 誰が裏切り者で、誰が味方か。カレンデュラは判断を保留した。疑心暗鬼になっても、何もプラスにならない。


「帰ります。馬車を準備して」


 騎士や私兵も待たせたままだ。伝え終えたから、帰って冷静になる時間が必要ね。お風呂に入って香油に癒されて、肌の手入れをしたら寝ましょう。


 婚約破棄が行われた夜会から、全力で走り抜けた。息切れしているのよ。頭が混乱してパンクする前に、休むべきだわ。


 自分に言い聞かせて歩くカレンデュラは、用意された馬車に乗り込む。ガタゴトと音を立てて走り去るデルフィニューム公爵家の馬車と騎士達。少しあとに追いかけた父は、がくりと肩を落とした。


「一緒に帰りたかった」


 項垂れた公爵がとぼとぼと戻る途中、伝令が入った。


「オスヴァルドはどこだ?! カレンデュラ嬢も呼べ。事態が動いたぞ」


 追い抜いた伝令が伝えた情報で叫ぶ国王フィゲリウスに、公爵は額を押さえた。何という間の悪さだ。

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