40.ハブるでディスられる
リクニス国の聖女は、いわゆる象徴で持ち回りの役職だ。二年間限定で、神殿の行事に参加する。十年に一人選ばれるため、ある程度見栄えのする外見と優しい評判が重要視された。
ビオラも平民の娘だが、実母は病で亡くなっている。ケガで働けない実父を支えながら、パン屋の看板娘として働いた。神殿での奉仕活動に積極的に参加し、代わりにわずかばかりの痛み止めを譲ってもらう。
この国で薬を扱うのは薬師と神殿のみ。薬師は当然仕事であるため有料だった。薬代が払えない平民は、神殿での奉仕活動に協力して薬を分けてもらうのが一般的だ。ビオラもそうして、父の痛み止めの薬を得ていた。
心優しく苦労しながらも前向きなビオラは、その性格と行いで聖女に選ばれる。父の薬代になればと受け入れたビオラだが、長年の養生の甲斐なく実父が亡くなった。孤児になるビオラを、ラックス男爵夫妻が引き取ったのだ。
友人であるカレンデュラに呼ばれ、うきうきと登城したビオラは「聖女としてもう少し働いてほしいの」と言われて固まった。
「私、役に立ちます?」
「ええ、私やティアレラの持つ前世の情報も駆使して、異世界から来た聖女様を演じてちょうだい」
「演じなくても日本から来てますけど……いいですよ!」
あっさり承諾したビオラは、指折りながら数え始めた。
「異世界でのチート知識なら、何がいいかな。料理? 調味料もあったし、下水道とか、手洗いの衛生関係も聖女っぽいよね」
にこにこと例を挙げるビオラの隣で、クレチマスがぼそっと嘆く。
「さりげなく、俺がハブられたんだが」
「ハブるって何?」
「ディスるなら伝わる?」
ビオラの疑問にティアレラが言い換える。納得するビオラの隣で、クレチマスががくりと項垂れた。孫と観たアニメで使われていた若者言葉が通用しないとは!
「これが世代格差……」
「慰めてやりたいが、その言い方も古いぞ」
コルジリネにぐさっとトドメを刺され、クレチマスが撃沈した。彼を放置した女性陣は盛り上がり、予想外の方向へ話が流れた。
「農業関係は意外と詳しいから聞いてくれていいわよ」
会社員だったティアレラだが、前世の実家は農家だったという。
「だったら、稲の育て方知ってる?!」
カレンデュラが目を輝かせ、ビオラが乗っかる。
「お米! 食べたいです」
「……その話は後にして、先にエキナセア神聖国対策を頼む」
コルジリネに方向を修正され、再びチートの羅列が始まった。聞いたことがない概念や知らない単語が聞こえる中、大人は顔を見合わせて首を横に振る。世の中には知りすぎない方がいい話もある、経験からそう判断して地図を前に対策を練った。
最終的に双方の話をまとめ、聖女派ではなく新興派にビオラが潜り込む。護衛に婚約者のルピナスと騎士を一人付けることになった。もし戦う気がないと判明すれば、話は平和に終わる。エキナセアの新興派が他国の領地を狙うなら……。そこから先は微笑みで濁し、結論は口に出されなかった。
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