36.王妃ではなく母親として
てっきり、王族の誰かか公爵あたりが顔を見せると思っていたのだ。それも相手は男性であろう、と予測する。どうしたって男性社会の世界で、王妃が出てくること自体が舐められる。覚悟していたが、相手がそれ以上の配慮をみせた。
いい話し合いができそうだわ。王妃は笑みを浮かべて、室内へ同行する騎士を三人に絞った。残りはすべて部屋の外で待機するよう命じる。
ティアレラとシオン、コルジリネだけを室内に入れたカレンデュラへの返答だった。同じ人数にしたのは、話し合いを受け入れたリクニス国への誠意だ。ホスタ王国の騎士を立ち合わせ、ティアレラは紅茶を用意する。無言で向かい合って腰掛けた二人の間に、香り高い紅茶のカップが並んだ。
「レモングラスのお茶にいたしました」
妊娠期の女性なら毒だが、それ以外なら問題ない。疲労回復や血行促進に効果的だった。それでも多少なり毒性があるため、紅茶への香りづけ程度に収めてある。その上で、ホスタ王国の騎士にも味見させた。ティアレラ自身も口にして、毒ではないと示す念の入れようだった。
万が一が起きてからでは遅い。辺境伯家の嫡子は、その点をしっかり学んできた。疑われるような行いは避けるべき、疑われる前に潔白を証明しろ。先祖のなんらかの教訓に基づいた教えを、彼女は忠実に言動に反映させた。
使用したお茶の種類を書いた紙を、さり気なくテーブルの上に置く。ちらりと視線を落としたのは、王妃の斜め後ろに立つ騎士だった。王妃は何も言わずに手に取った。
「いい香りだわ」
微笑んで、カレンデュラもカップを持ち上げる。口をつけて、嚥下するところまで確認させた。カップを準備する段階から、確認させているためリクニス国も誠意をみせている。
「リクニス国王の姪、デルフィニューム公爵家カレンデュラと申します」
先に名乗ったのは公爵令嬢、これは爵位の低い者から名乗るマナーに準じている。夜会などは逆で、上位者から声を掛けられるまでに話しかけない作法もあった。場によって使い分けるのが面倒だが、それが貴族社会だ。
「ホスタ王国王妃のユーフォルビアですわ。まずは丁寧なご挨拶へのお礼と、今回の事件のお詫びをさせてください」
思っていたより
「御息女ミューレンベルギア様の件、お悔やみを申し上げます。さぞ、お心を痛めたことでしょう」
「悲しかったけれど……もしかして首を清めてくれたのは、あなたの指示かしら?」
カレンデュラは視線でティアレラを示す。お茶と話し合いの場を用意した辺境伯令嬢は、名乗らずにカーテシーを披露した。あくまでも話し合いの権限は持たないと示すためだ。
「そう、あなたが……ありがとう。最後に見るあの子の顔が穏やかで、救われました」
静かに頭を下げるユーフォルビアは、王妃ではなく母親の顔をしていた。
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