33.辺境伯家の手のひらの上

 機嫌よく馬に跨るお姫様に、お供がぞろぞろとついていく。大行列はカージナリス辺境伯家の屋敷前で止まった。


「デルフィニューム公爵家のご令嬢をお迎えし、光栄の極みにございます」


 ティアレラの父、現辺境伯の出迎えにカレンデュラは微笑んだ。乗馬服の彼女は、まるで女性騎士のようだった。長い金髪を緩く三つ編みにして、左側の肩に流す。親譲りの赤い瞳を細めて、一息で馬から降りた。


 慣れた様子で馬を労い、手綱を騎士に渡す。それから胸元に手を当てて一礼した。深すぎず、だが敬意を示す彼女の所作は洗練されている。


「お出迎えに感謝いたします。ティアレラ嬢には大変お世話になりましたわ」


 そちらの嫡子とも懇意です。さり気なく仲良しアピールをした彼女の隣に、騎士服の青年が立った。見事な黒髪に目をやり、一瞬息を呑んだものの、辺境伯は上手に受け流す。


「どうぞ、こちらへ」


 招く辺境伯に従い、カレンデュラと騎士は砦の奥にある街に踏み入れた。手前には石造りの立派な砦がある。門を潜って込み入った道を進んで、ようやく屋敷にたどり着いた。案内がなければ、見えている屋敷に辿り着けない。


 錯覚を利用した街作りは、防衛の一端でもあった。資料で読み込んで理解していも、実際に目にすれば驚きが勝る。感心しながら屋敷の応接室に落ち着いた。


「セントーレア帝国の小太陽、耀きお方にお目にかかります」


 膝をついて挨拶を始めた辺境伯に、黒髪の騎士はゆっくり首を横に振った。


「挨拶は不要だ。今回の私は、麗しきカレンデュラ姫の騎士だからな」


 畏まった対応は要らない。皇太子として他国の事情に首を突っ込まないよう、あれこれ考えてこの策にたどり着いた。護衛の騎士になりきるため、リクニス国の騎士爵まで得た皇太子はご機嫌だ。お忍び感覚なのだろう。


「ふふっ、私の命を預けられる自慢の騎士様よ。お顔が良くて凛々しくて、身も心も任せられるわ」


 作戦の一つだと明かし、カレンデュラは応接室を見回した。立派な鹿のツノが飾られた壁、異国の絨毯を敷いた床。それから立派な応接セットに口元を緩める。


 話し合いに応接室を借りようと思っていた。ホスタ王国側からみれば、敵国の砦内だ。案内してここまで連れ込むのも危険だった。道順を覚えられたら、辺境伯領の防衛能力が落ちる。今後のことを考えるなら、別の場所で話し合いを行う方が望ましい。


「話し合いに使う別荘まで、どのくらいかしら」


 森の中に建てられた別荘は、戦の際は見捨てる場所だ。緩衝地帯の森にあるため、両国のどちらの領土でもなかった。緩衝地帯となった森は、元々小さな国があった。街と呼ぶ程度の、小さな自治領だ。その領主邸が今も残っている。


 辺境伯家がこの領主邸を管理する理由は、彼らの先祖が建てた家だから。小さな自治領の領主の子孫が、今のカージナリス辺境伯家だった。


「馬でなら隣の街より近いですわね」


 ノックして顔を見せたティアレラが、答えを口にする。いつもの癖で扇を指先で探し、苦笑いしたカレンデュラが応じた。


「なら一時間半ね。ティアレラも同行してちょうだい」


「承知しました、カレンデュラ様」


 女性騎士の同行が決まり、黒髪の護衛騎士は渋い顔になる。くすくす笑うカレンデュラに手招きされ、頬に口付けをもらって機嫌を直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る