28.敵対する隣国はどこか
この場で反対意見は出ない。思惑は違えど、 カレンデュラの提案に利点を見出しているためだ。ただビオラだけは、カレンデュラ様がおっしゃるなら大丈夫と、盲信しているに過ぎなかった。
「庇う人も連座で処分し、膿を出し切ります。治療はその後ですわ」
「浅い傷をいくつも負うより、一つを掘り下げる策か」
コルジリネの例えに頷いた。カレンデュラにとって、これは一つの戦盤だった。父を負かすほどの実力を誇る彼女の駒が、この国の住人に置き換わるだけ。
他国から攻め込む駒を撃退し、完全に潰すには……強烈な一手が必要だった。それに別の懸念もある。
物語の強制力だ。どの物語がこの世界の主軸か判断できていないが、隣国に滅ぼされる記述がある。ビオラの『聖女は月光を手に』以外は、すべて隣国が絡んでいた。『婚約破棄で結構ですわ』の中で、カレンデュラは嫁ぎ先の
ティアレラの『花冠に愛を誓う』は、
すべて『隣国』と表記され、相手が直接明記されていない。カレンデュラの物語では、かろうじて婚約者の国とあるため、セントーレア帝国が特定できた。だが、現時点の状況を見る限り、残る二つの物語の隣国はホスタ王国なのでは?
事情を知るコルジリネは先を読み、婚約者の懸念を理解した。セントーレア帝国がリクニス国を攻める理由は、現時点では存在しない。カレンデュラの輿入れを拒んだりすれば、話は違ってくるが。さすがにホスタ王国と構える現在、そこまで愚かな決断はしないはずだ。
となれば、カレンデュラの懸念は隣国がホスタ王国であった場合、を想定している。ホスタ王国が付け入る隙を与えないため、内通者を徹底的に処断する。庇うならその貴族も切り捨て、浄化を図る気だった。
「厳しい道を選ぶね、私の姫君」
「あら、嫁ぐ身ですもの。逃げる先を確保した猫の戯れですわ」
ほほほと笑う公爵令嬢は、ただただ美しかった。自信に満ちた彼女に、国王は同意を示す。この国を揺るがす根は引き抜き、駆除する対象だった。手抜きしてまた芽吹いては、今度こそ転覆しかねない。
「それに、懸念はまだありますから」
ぽつりと呟いたカレンデュラだが、この場で口にする気はない。そう示すように、きゅっと唇を引き結んだ。
「あの……私も何か手伝いたいです」
ビオラの申し出に、カレンデュラはふわりと表情を和らげた。それから幾つかのお願い事を告げる。指折り数えた三つの願いを、しっかり頭に叩き込んだビオラは笑顔で頷いた。
「がんばります!」
「ええ、無理のない範囲でね」
ご機嫌で出ていく聖女を見送り、国王フィゲリウスと公爵オスヴァルドは断罪の準備を始める。カレンデュラはコルジリネと執務室を出て、用意された客間へ引き上げた。
「先ほどの呟き、教えてくれるかな?」
察しているくせに、答え合わせを要求する皇太子へ、金髪の美女は赤い目を細めて笑った。
「ええ、ではティアレラとクレチマスも同席してもらいましょう」
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