22.一つの冒険譚 ***第一王子

 母上が亡くなった。いや、処刑されたのだ。


 ずっと言われた通りにしてきたはずなのに、何がいけなかったのか。ホスタ王国のために、リクニス国王の地位を得る。俺の役割はそれだけだ。その後の未来も、母上が決めてくれると思っていた。


 父上の決めた婚約者がいたら困ると聞いて、なんとか排除しようと頑張ったのに。誰もが俺の婚約者ではないと否定する。叱られ退場させられた俺は、その後の騒動を知らない。血の付いた扇が形見として届けられ、訃報を聞いた。


 王子らしくないと叱る者は何人もいた。すべて侍従達が遠ざけたが、本当にこれでいいのか不安に思った日もある。やっぱり何かが足りなかったのだろう。俺の代わりに母上が死んだのなら、次は俺の番だろうか。


 国王になる以外の未来を考えたことがないので、生きることに執着はない。だが母上の命を預かっていると考えれば、死にたいと口にすることは憚られた。俺はどうすればいい? 教える人は消え、一人になったら何もできない。


 閉じ込められた部屋は牢だが、地下ではなかった。日差しも入るし、きちんと明るい。ただ、鉄格子がついているだけだ。無粋な縦棒ではなく、洒落た幾何学模様の格子だった。蹴っても殴っても取れない。


 扉は施錠され、隣にある小さな窓が開いて、飲食物が差し入れられた。部屋には風呂やトイレも備わっているが、世話をする者がいない。シャツを見つけて着替えるも、ボタンを留めたことがなかった。見様見真似で何とか捩じ込むが、かけ間違えたらしい。


 最後にボタンが上で余り、服はひきつれたように着心地が悪かった。もう一度やり直そうにも、脱ぐ際は引っ張る方法しか知らない。侍従がした時はするすると外れるボタンも、抵抗して拒んだ。仕方なく引きちぎる。


 散らかった服を洗濯すると言われ、渡すと嫌そうな顔をされた。ボタンも外せないのかと、外の男が眉根を寄せる。その口調に呆れを感じ、無理だと言い放った。


「甘やかされたというより、何もできない馬鹿を育てたんだな」


 母上を侮辱された気がして、カッとなった。暴れて窓に飛びつき、次からは差し入れの際に棒で遠くへ押し除けられる。屈辱的な扱いのはずなのに、俺は何も感じなくなっていった。


 このまま飼い殺される。いや、ある日突然殺されるのだ。そんな思いが芽生え、心を黒く塗りつぶした。食事も恐ろしいし、日用品も怖い。何が俺の命を奪うのか。


 そんな恐怖の日常も、しばらくすれば慣れた。閉じ込められてどのくらい経つのか。俺は何かの交渉に使うらしい。だから簡単に殺せない。おとなしくなった俺に雑談を聞かせる男は、先日本も置いて行った。


 読書も勉強も嫌いだった。嫌だと言えば、無理にしなくてもいいと許されたから。今になって、手に取った一冊の本に夢中になる。主人公が苦労しながら成長し、国を救った話だ。


 こういった物語を、冒険譚と呼ぶらしい。引き止める王女に「ふさわしい人がいるから」と身を引き、生まれ育った貧しい村へ帰る。馬鹿だなと思うのに、なぜか何度も読み返した。敵を倒した場面で高揚し、王女を振るシーンで呆れる。


 一冊しかない物語を、まるっと覚えてしまうまで読み込んだ。男に感想を聞かれて、久しぶりにたくさん話す。それから溜め息を吐いた。


「俺は全てにおいて、自分で選んだことなどなかった」


 一人になって呟いた言葉は、心からこぼれ出たもの。豪華な牢に響いて、誰にも届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る