21.この首一つで足りればいいが *** SIDE国王

 リンゲルニアと結婚し、すべてが順調だった。幸せの絶頂で、何もが満ち足りている。豊作続きで民の生活も潤い、貴族の不正も目を光らせていた。


 あまりに順調すぎて、怖くなる。そんな思いが招き寄せたのか。国境付近で起きた事件が報告された。隣国の大使を殺した我が国の兵士がいる。他国の大使となれば、当然貴族だ。


 高位貴族なら、ただの賠償では済まない。焦って判断を誤った。王女を一人引き受ければ、不問に付す。この言葉を信じてしまった。


 清楚なリンゲルニアと違い、華やかなミューレンベルギアは何でも派手だった。結婚式をすでに挙げたリンゲルニアの話を聞き、それより豪華な式を求める。我が侭で手に負えない。そう判断して距離を置こうとした。


 すぐにホスタ王国から苦情があり、妃として遇さないなら戦端を開くと脅される。ここで毅然とした態度を取れば、何かが違ったのか。だが民を戦火に巻き込むことを恐れ、受け入れてしまった。


 結果はどうだ? 最愛のリンゲルニアは毒殺され、忘れ形見は第二王子という不名誉な肩書きを得た。妻の命と引き換えに生まれた我が子を、守るために隔離する。証拠はないが、ホスタ王国による暗殺だと確信していた。後日、その確信は事実に変わるのだが。


 第一王子ローランドは、ミューレンベルギアの側近により育てられた。一度子を授けたなら、もう二度と抱かなくていい。そう判断して関与しなかった。これが悪い方へ働く。


 何度も毒を盛られた第二王子ユリウスを、病弱と偽って隠す。ユリウスまで奪われないよう、毒見役を三人用意した。それでも安心できず、離宮に住まわせて忠誠心厚い一族から選抜した者で囲った。


 ユリウスを守ることに必死になり、ミューレンベルギアを遠ざけることに成功した私は、大事なことを見落とした。第一王子ローランドも我が子だという事実。愚かにも、気づいた時は遅かった。


 傀儡にするために賢さは不要と思われたのか。使い物にならない愚者が育っていた。矯正しようと声をかけても、育った根はしっかりと張って抜けない。ならば、ホスタ王国の影響を排除する駒として使おう。


 優秀な公爵家が揃う夜会で、ローランドの婚約者を発表すると罠を仕掛けた。これが私の最後の仕事だ。これが終われば、あとは国を危険に晒した罪を償う気だった。娘の立場を利用して勘違いさせる案を出した親友、デルフィニューム公爵オスヴァルドを巻き込んで、決着をつける。


 だが、ローランドの愚かさは予想以上だった。カレンデュラ嬢だけでなく、周囲に悪意を撒き散らすとは……幸い、全員が地位や婚約者に守られた。未来ある若者に悪いことをしてしまったな。


 ミューレンベルギアは己の命で責任をとった。愚かなローランドも続くだろう。後はこの首ひとつで、詫びが足りればいいが……。王位を譲る準備は出来ている。私が退位した後のリクニス国が、より繁栄することを祈るのみ。


 話し合いをする若者達は、まだ出てこない。この国を支える彼らの出す結論を待ちながら、私は指示を出した。


「譲位を早める。準備を進めよ」


 一礼する側近達を見送り、執務室にある小さな肖像画を手に取る。最愛の妃リンゲルニア、そなたの息子が王になるのを見届けたら、迎えてくれるか。きっと叱られるのだろうな。それも悪くないと思いながら、積まれた書類を減らす作業を始めた。

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