03.では貴様が婚約者だな?

 睨みつけるカレンデュラに気圧され数歩下がったローランドは、視界に入ったご令嬢を指差した。


「では貴様が俺の婚約者だな? 叔母上が話しているのを聞いた。名乗れ!」


 はぁ? 低い声で呻くような声を出したカレンデュラは、取り繕うように微笑んだ。苦笑いする婚約者コルジリネ皇太子は、彼女を支えるように隣に立つ。


 ようやく落ち着いた聖女ビオラが、きょとんとした顔で指差されたご令嬢を見つめる。真っ直ぐな茶髪と新緑の瞳、おっとりした彼女は見た目に反して辛辣だった。よくお茶会で一緒になる辺境伯家の友人だ。確かに彼女は婚約者がいる。


「カージナリス辺境伯家のティアレラと申します」


 王族に名乗れと言われれば、素直に名を告げる。だが顔を上げた彼女の眼差しは冷え切っていた。仮にも王族が、自国の貴族の名前を知らないなんて。バッカじゃないの? 鋭い視線に、周囲も「まぁ、あの王子だし」と納得してしまう。


「ティアララ? 貴様との婚約も破棄する」


「ティアレラ、でございます。このように失礼な夜会は初めてですわ。今後が心配です」


 名前を訂正しながら、王族の無礼を遠回しに指摘する。その上で、国の行く末を案じるほど、お前はバカだと王子に突きつけた。だが、婉曲な表現を理解する賢い王子なら、そもそもこのような状況に陥っていない。


「なんでもいい。貴様とは結婚しない」


「当然ですわ。だって、私の婚約者は第一王子殿下ではございませんもの」


 がくんと顎が外れたような間抜けな顔で、あ、え、う……と言葉にならない声を発する。奇妙なオブジェと化した王子を前に、辺境伯家のご令嬢は優雅に一礼した。その隣に、穏やかな笑みを浮かべた青年が立つ。


「我が婚約者に対する数々の無礼、王家はどう償っていただけるのでしょうか」


 口調は尖っているのに、笑顔は崩さない。カージナリス辺境伯家へ婿入りが決まった、ティアレラの婚約者は侯爵家の次男だった。そのため、礼儀作法や貴族特有の会話術も身につけている。


「シオン、これはお父様に相談して正式に抗議するわ。証人になってちょうだい」


「もちろんです。ティアレラを貶めるような王子殿下では困りますからね」


 辺境伯家の次期当主は、嫡子であるティアレラだ。国境を守り、国防の要となる一族に唾吐いて何もなく済むはずがない。そこまで匂わされても、ローランドは状況が掴めていなかった。


 この夜会に集められた貴族令嬢の中に、婚約者がいるはず。着飾っているだろうと、推測で次の犠牲者を選んだ。


「ならば、貴様か!?」


「違います。いい加減、失礼が過ぎるのでは?」


 指で示された令嬢本人ではなく、その義兄であり婚約者である騎士が返答する。震える義妹は、銀髪に青く澄んだ瞳の美少女だ。確かに会場で目立っていた。その理由は婚約者である義兄クレチマスの容姿が関係している。


 燃えるような赤毛に、空の青を宿した瞳。婚約者の髪色に合わせ、赤いドレスを着用していた。そのため、夜会のご令嬢達の中で華やかに見えた。気の弱いリッピア嬢は、恐ろしさに失神する。王族から突然指差された行為は、彼女にとって恐怖そのものだった。

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