02.この王子、阿呆なの?

 どうしよう、大事おおごとになっちゃってる。震える聖女ビオラは、なんとかローランドの腕から逃れようともがいた。だがドレスが足に絡んで動きづらい。友人でもあるカレンデュラを問い詰める王子を、信じられない思いで見上げた。


 この王子、阿呆なの? ラックス男爵家の養女での私でさえ知っている。この国でいとこ同士は結婚できない。だから王妹殿下が降嫁したデルフィニューム公爵家のご令嬢は、血が近すぎて婚約相手に選ばれないのに。


 なぜ婚約していると思い込んでいるのか。そもそも私の友人を冤罪で責めるなんて、頭がおかしい。貴族って回りくどいやり方で、相手を追い込むものでしょう。もし公爵令嬢が男爵家の養女を邪魔だと思えば、男爵家を潰せば済むのよ。


 ビオラは身を捩って、逃げ出そうと試みる。聖女に選ばれたけれど、あれは形骸化した象徴に過ぎない。特別な力を授かったのではないし、神様の神託を受けたりもしなかった。十年に一度、平民の中から選ばれた娘が、二年間だけ聖女として神殿に仕える儀式だった。


 聖女としての任期が終わる今年、ビオラは自由になる。ラックス男爵夫妻は実の娘のように愛し、ビオラの婚約も整えてくれた。だが、その相手はローランドではなかった。


「離してください」


 震える声で抗議するビオラに、ローランドは微笑んで首を横に振った。


「安心してくれ、君をこれ以上傷つけさせない」


 それを聞いた瞬間、平民だったビオラの素が出た。ぐっと拳を握り、振りかぶってローランドの頬を殴る。よろめいた隙に、その腕から逃げ出した。最初っからこうすればよかったわ。ふん、と両足を踏ん張った聖女は吐き捨てた。


「勝手に腰を抱くわ、腕を絡めるわ、いい加減にしてよ! あたしの婚約者はルピナスよ」


 神官として働くルピナスは、この夜会に参加していない。まだ下っ端だし、神官は世俗と距離を置くから社交の場に呼ばれることは少なかった。だから養親と参加したのに、こんな目に遭うだなんて! 怒りに任せてローランドを罵る。


 婚約者でもないのに触れた罰は受けろ、とばかり。聖女の言葉は容赦なくローランドの軟な心を抉った。


「そんな……だって、じゃあ……俺の婚約者は……?」


「知らないわよ!」


 むっとした口調で言い返し、聖女ビオラは大股に階段を下りた。玉座に繋がる階段とは思えない勢いで駆け下り、両手を広げて待つ友人の腕に飛び込む。公爵令嬢カレンデュラは、ビオラを受け止めた。


「大丈夫? 消毒しましょうか」


「うわぁあん! 聞いてよ、カレン。アイツ勝手に私の腰に手を回して、胸も掠めたの。汚されちゃったわ」


 誤解を招く発言だが、嘘ではない。聖女ビオラが自分に惚れていると勘違いし、勝手に婚約破棄事件を起こした。今夜発表する婚約者をデルフィニューム公爵令嬢と思い込み、聖女と交換しようと考えたのだ。事実確認をしたはずもなく、側近はあまりの事態に気絶して運び出されていた。


「安心して、私が清めてあげますからね」


 ぎゅっと抱き締める豊かな胸に顔を埋め、ビオラは大泣きする。後ろで出番を失った皇太子コルジリネが溜め息を吐いた。


「なぜだろう、私が可哀想じゃないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る