プロローグ 開戦
この世界の文明の象徴が変わったのはいつ頃だろう。
これまで灯りを点けるのも、水を得るのも魔法に頼り、争いでは少数の戦士や騎士が己の剣術で力を誇る事で勝敗を決めていた。それが当たり前だった時代は遠い過去となり、今では科学によって便利な生活が保障され、戦争も多数の歩兵が銃を構えて組織的に戦う事が鉄則となった。
それに真っ向から反発した国も、宗教もあった。だがその国は時代の移り変わりというものを理解しようとせず、むしろ過去へと逆行しようと足掻き、そして廃れて行った。その頃には魔法の優位性は無くなっており、古き文明と秩序に拘泥したその国は無様に滅ぶ事となった。
時は流れ、この世界に一つの災害が起きた。後に『星の雨』と呼ばれる事になる天災は、多くの大陸に無数の隕石が落下するというもので、既存の魔法では対処など出来ぬ規模であったがために、魔法そのものの没落を決定づけるものだった。
そして、世界の東にあるイスティシア大陸のとある小国。そこに住む私の人生が変わったのは、聖暦2023年の暑い夏が終わりに近づいて来た日の事だった。
・・・
聖暦2023年9月1日 チュリジア共和国
イスティシア大陸の中南部にあるチュリジア共和国は、『星の雨』より前から共和制を採用する国である。大陸の国の多くが隕石で都市が破壊され、財産たる土地を粉々にされた王侯貴族達が没落するのに合わせ、災害後の復興を商売の契機と見た商人や、発言力拡大の好機と見た平民達が指導者として台頭。僅か数年で多くの国が共和制を採用する事となった。
その中で『共和制の模範』とされたのがチュリジアだった。この国は国境を成す山岳地帯を防壁とした中立国として栄誉ある孤立を成し、戦後の工業製品の対外輸出で財を成していた。さらに盤石な地盤を活用して巨大な砲台が建設され、『星の雨』の時に降り注いだ隕石を撃墜した事は一種の武勇伝であった。
暑い夏の日の朝、私は家を出て、友人と共に教会に向けて自転車を漕いでいた。イスティシア大陸において最大の宗教と言われる創世教は、『星の雨』以前の戦争の連続と科学文明の影響力増大で、総本山があったサン・プルトル教皇国共々衰退の一途を辿ったが、代わって新たな解釈と教義の再構築による変革で生き長らえようとした改革派が台頭。特にイスティシアではこの改革派に属する教会が多数を占めている。
毎朝行われるミサに参加するべく自転車を漕ぐ中、上空から幾つもの轟音が聞こえてくる。空を見上げるとそこには、幾つもの飛行機が飛んでいた。その多くは西の大国フランキシアの戦闘機であり、チュリジア空軍の戦闘機とループを重ねる様に回り込み合い、複雑な形状の飛行機雲を描いていた。
美しく、遠い空の戦い。私と友人は飽くことなく、それを眺め続けていた。とその時、1機の戦闘機が背後の丘を掠めて尖鋭なシルエットを見せつけるかの様に飛び去る。それは主翼と尾翼の先端を赤く塗り、胴体には『001』の赤い数字を刻み込んでいた。その特徴的な塗装を、私は決して忘れる事はない。
学校の傍にある教会に到着した時、街の広場には数両もの装甲車両が屯し、多くの兵士がヒト族以外の住民を銃で脅していた。その光景を見て、この街が敵に占領された事を知るのに私は数秒もの沈黙を必要とした。
その日、フランキシア共和国は大陸全土に対して宣戦布告。後に『イスティシア大陸戦争』と呼ばれる事になる長き戦いが始まったのだった。
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