メロンソーダの夏
夏の始まりを告げるかのように、街はじわじわと熱を帯びていった。梅雨が終わり、空には透明な青が広がり始める。蝉の声がまだ遠慮がちに響くその頃、町の片隅にある高校生たちの小さな夏の冒険が始まる場所――喫茶店「タイムカプセル」には、今日も冷たいメロンソーダのグラスが並んでいた。
高校生のハルとアキにとって、「タイムカプセル」は特別な場所だった。古びた木の看板と手書きのメニューが温かみを感じさせるその喫茶店は、レトロな装飾で彩られ、過去と現在が交差するような不思議な空間だった。店内には昭和のヒット曲が流れ、小さなステージには色褪せたギターが飾られている。毎年夏が来るたびに、二人はこの店に足を運び、メロンソーダを飲みながら「今年の夏は何をしようか」と話し合うのが恒例になっていた。
出会いの始まり
二人が「タイムカプセル」を初めて訪れたのは、中学生の頃だった。通学路から少し外れた場所にひっそりと佇むその店を見つけたのはアキだった。学校帰り、夕立の雨宿りをするためにたまたま立ち寄ったその日、彼らはメロンソーダの魅力に取りつかれたのだ。
「これ、すごいな……」
ハルが初めて飲んだメロンソーダに目を丸くして言った。透き通る緑色の液体に浮かぶ白いアイスクリームが、グラスの中でキラキラと輝いていた。口に含むと、しゅわしゅわと炭酸が弾け、アイスの甘さが口いっぱいに広がった。その瞬間から、この飲み物は彼らの夏の象徴となった。
「タイムカプセルって名前もいいよね」
アキが店内のレトロな時計を眺めながら言った。
「過去のものを埋めて未来に届けるみたいな。ここで飲むと、今この瞬間も未来のどこかで思い出せそうな気がする」
ハルは笑いながら返した。
「大げさだな。でも、ちょっと分かる気がするよ」
その日から二人はこの店を訪れるたびに、「タイムカプセルの中に入れるもの」を考えた。それはその年の夏の出来事だったり、将来の夢だったり、友人たちとの秘密だったり。メロンソーダの甘さとともに、彼らの記憶はこの場所に刻み込まれていった。
夏の冒険
高校生になった彼らにとって、夏は自由と冒険の季節だった。放課後、部活の合間、そして週末の暑い午後、彼らは「タイムカプセル」を拠点にしながら、町中を自転車で駆け回り、海辺で泳いだり、小さな花火大会に行ったりして過ごした。その日々は、彼らの無邪気な笑い声と共にきらめいていた。
「今年の夏は何する?」
アキがメロンソーダをストローでかき混ぜながら尋ねると、ハルは笑顔を浮かべて言った。
「海に行って、花火を見て、このメロンソーダを飲む!」
アキは少し呆れたように言い返した。
「それ、毎年言ってるよね。でもまあ、いいか。夏ってそんなもんだし」
二人にとって、夏の過ごし方は決して派手なものではなかったが、それで十分だった。メロンソーダのしゅわしゅわとした甘さ、手に伝わる冷たい感触、それを共有する誰かがいる。それだけで、彼らの夏は十分に特別だった。
秘密
しかし、この夏は少し違っていた。ハルにはアキに言えない秘密があった。それは、夏が終わると同時に遠く離れた街に引っ越さなければならないという事実だった。父親の転勤が決まり、家族全員で新しい生活を始めることになったのだ。
その知らせを受けたとき、ハルは真っ先にアキの顔を思い浮かべた。アキにどう伝えればいいのか、伝えたらどうなるのかを何度も考えた。けれど、メロンソーダを飲みながら笑い合う彼との時間が、壊れてしまうのが怖かった。
「この味とこの瞬間を、どうにかして永遠に保存できたらいいのに」
ハルはメロンソーダを一口飲むたびに、そんな思いを抱いていた。
真実と別れ
夏が深まり、引っ越しの日が近づくにつれ、ハルの胸の中の重い気持ちは膨らんでいった。とうとうそれをアキに告げる日がやってきた。いつものように「タイムカプセル」でメロンソーダを飲んでいたとき、ハルは意を決して言った。
「俺、夏が終わったら引っ越すんだ」
アキは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
「そっか。でも、どこに行っても、僕たちの夏は消えないよ。これからも毎年、ここでメロンソーダを飲もう。約束だ」
ハルの目から涙がこぼれそうになるのを隠すように、アキは強くハルを抱きしめた。その瞬間、ハルはアキの言葉の強さと優しさに救われた気がした。
続いていく夏
引っ越し後、二人は手紙のやり取りを続けた。手紙には、町での出来事や新しい友達のこと、そして夏が近づくたびに「タイムカプセルでの再会」の話が書かれていた。そして、その約束は果たされた。二人は夏の終わりごとに「タイムカプセル」で会い、変わらないメロンソーダを前にして、互いの成長を語り合った。
年月が流れ、二人はそれぞれの道を歩み始めた。アキは地元に残り、大学を出た後、街の公務員となった。一方で、ハルは遠くの都会で映像制作の仕事を始めた。それでも、夏が来るたびに二人は連絡を取り合い、「タイムカプセル」に集まるのだった。
大人になった二人
ある夏の日、久しぶりに再会した二人は、いつものようにメロンソーダを前にして昔話に花を咲かせた。店内のレトロな時計の針は時を刻み続け、二人の笑い声が喫茶店の静かな空気に溶けていく。
「俺たち、変わらないな」
ハルが笑って言うと、アキも頷いた。
「でも、少しずつ進んでる。タイムカプセルに入れた記憶は、これからも増えていくんだよ」
その言葉に、ハルは静かに頷いた。メロンソーダの味はあの日のままだったが、二人の時間は確実に未来へとつながっていた。
彼らにとってメロンソーダは、ただの飲み物ではなくなっていた。それは、永遠の夏と変わらぬ絆を象徴する特別なものだった。そして、その絆はこれからも、夏の始まりとともに輝き続けるのだろう。
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