湯豆腐の温もり:雪降る夜の絆

雪が静かに降り積もる冬の夜、山あいの小さな家では、家族がいつものように団らんの時間を過ごしていた。外は底冷えする寒さで、時折吹きつける風が窓を揺らし、雪を音もなく降らせている。しかし、その寒さはこの家の中には届かない。暖炉の火が心地よく揺らぎ、柔らかな光が壁に影を描いていた。部屋の中央に置かれたちゃぶ台を囲む家族の笑顔と笑い声が、この小さな空間を温かな幸福で満たしている。


この夜の食卓に用意されるのは、家族の冬の定番料理であり、彼らにとって特別な意味を持つ湯豆腐だった。母は慣れた手つきで鍋に水を張り、そこに昆布をそっと沈める。昆布がゆっくりと水を吸い込みながら、旨味が染み出していく。その香りが漂い始めると、家族の誰もが自然とちゃぶ台に近づいてくるのだった。


「この香りを嗅ぐと、冬だなって感じるよな」

父がぽつりと言うと、小学生の末っ子のユウが目を輝かせながら返す。

「お父さん、夏に湯豆腐は食べないもんね!」


その言葉に家族全員が笑った。母はお鍋を覗き込みながら、ユウの頭を優しく撫でて言う。

「湯豆腐は寒い日だからこそおいしいんだよ。このあたたかさが、冬を楽しくしてくれるの」


母が丁寧に豆腐を切り分け、鍋の中に静かに入れると、家族全員がその光景をじっと見守る。雪のように白く滑らかな豆腐が出汁の中に沈んでいく様子には、どこか儀式のような厳かさがあった。豆腐はやがて、鍋の中で柔らかくふるふると揺れ始める。出汁の香りはさらに濃くなり、部屋全体を包み込むように広がっていった。


「いい出汁だなぁ」

父がつぶやくと、母は誇らしげに微笑んだ。

「昆布をじっくり戻したからね。でも、やっぱり主役はこのお豆腐よ。この豆腐、今日町の八百屋さんで見つけたんだけどね、作り手の人がすごく丁寧に作ったんですって」


「お母さん、すごいね!」とユウが声を上げる。中学生の姉ナナは、弟をからかうように言った。

「ユウ、それで味が変わるって知ってた?豆腐がいいと、出汁の味も変わるんだから」

「そうなの?」とユウが目を丸くすると、父が笑いながらナナに言う。

「ナナ、いつの間にそんな知識つけたんだ?」

「お母さんが教えてくれたのよ」と、ナナは得意げに返した。


豆腐が湯気を立てながら鍋の中で温まっていく間、家族の会話は自然と広がっていった。父はその日あった仕事の話をし、母は冬に備えて作った漬物の出来を語り、ナナは学校での友達との出来事を話した。ユウは授業で覚えたばかりの知識を得意そうに披露し、家族を笑顔にした。


「いただきます」

母の合図で箸が伸び、豆腐がそれぞれの取り皿に盛られた。父は少しずつ醤油をかけ、その上に薬味のネギを載せる。一口食べると、じんわりと温かい出汁の味が広がり、冷えた体に染み渡る。ナナは小さくうなり声を上げた。

「この豆腐、ふわふわでおいしい……!」


「本当だ!甘みがすごいね!」

ユウも負けじと豆腐を箸でつかみ、口に運ぶたびに感動している。母はそんな様子を見て、満足そうに鍋の様子を確認していた。豆腐をひと通り楽しんだ後は、白菜や春菊などの野菜が次々と鍋に投入される。父が鍋の中をかき混ぜながら言った。

「こうやって鍋を囲んでると、冬の寒さも悪くないなって思うよな」


その言葉に母が頷きながら答える。

「そうね。寒い日だからこそ、この温かさがうれしくなるんだもの。こんな時間が、私たちにとって一番のごちそうかもしれないわね」


やがて食事は終盤に差し掛かり、鍋の中には旨味がたっぷり溶け込んだ出汁だけが残っていた。母はご飯を用意し、最後にその出汁で雑炊を作る準備を始めた。鍋にご飯を入れ、卵を落とし、刻んだネギを散らすと、再び香りが部屋中を包み込む。


「この雑炊、絶対おいしいやつだ……!」

ナナが目を輝かせながらそう言うと、父もユウも「早く食べたい!」とせがんだ。母が火を止めて雑炊を取り分けると、全員が一斉に口をつける。


「最高だ!」

父が感激の声を上げると、ナナとユウも頷きながら夢中で雑炊を頬張った。その味は、豆腐や野菜の旨味が溶け込んだ濃厚なものだった。食事を終える頃には、全員が心も体もぽかぽかに温まり、幸福感に包まれていた。


食事の後、家族は茶の間で暖炉の前に集まり、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。ナナは受験勉強のための参考書を広げ、ユウは折り紙で紙飛行機を作って遊び、父と母は湯呑みを片手に穏やかに話していた。暖かな湯豆腐を囲んだ後のこの時間は、家族にとって何よりの安らぎだった。


外では雪がさらに降り積もり、木々の枝を白く染めていた。窓を見上げたユウがぽつりと言った。

「明日も雪かな。雪だるま作れるといいな」


父が微笑みながら答える。

「明日は早起きして外に出てみようか。朝の雪景色は最高だからな」


母が笑いながら付け加えた。

「早く起きられたらね、ユウ」


そんなやり取りに、ナナも思わず吹き出した。雪の降る寒い夜も、この家族にとってはただの自然の営みでしかなかった。湯豆腐の暖かさが、家族を一つにしてくれるからだ。


この夜の湯豆腐は、彼らにとってただの食事ではなかった。それは、寒さに負けないためのエネルギーであり、家族の絆を確かめ合うための象徴だった。雪が深々と降る夜、家の中の温もりは、外の寒さを完全に忘れさせてくれる。


湯豆腐の白さは、家族の絆の純粋さを映し出しているようだった。この絆がある限り、どんな寒い冬でも乗り越えていけるだろう。外の雪が静けさを深める中で、家族の笑顔は永遠に続くように感じられた。


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