第4章 クローズドサークル 14 我が名はヴァンプ
「春乃さまっ!」
左半分の頭蓋骨がグズグズに砕け、血まみれのまひるが、ぐったりとしている稲水の肩を支えながら右手を大きく振っていた。ハルは笑顔で幸嶋の背を叩き、階下の礼拝堂へと降りたった。
「まひる、バカめが。車椅子を使えよ」
ハルの憎まれ口に、あー、と口元を押さえるまひる。
「でも、でも、脳みそが半分壊れちゃったんだから気づけませんよ。それに!」
「なんだ?」
「ハル……」
ひん死の稲水はまひるの腕から離れ、ハルと幸嶋に丸めた背を向けて両足で立っていた。
「稲水、おまえ、立てるのか? 骨は大丈夫なのか」
「ハル……俺、蛮夫になっちゃったよ」
「なんだと!?」
呆然と血相を変えるハル、そして幸嶋。
「彦佐に十字架を刺した時、口が開いていたみたい。俺、あいつの血を飲んだ……俺、どうなるんだ、なあ、ハル!」
「稲水……」
信じがたい事態によろよろと足を踏みだすハルに取りすがり、まひるがいった。
「稲水さまは、アタシを優しく助け起こしてくれたんです! まだ稲水さまは蛮夫ではありません! 稲水さまはヴァンプです!」
不安そうに腫れ上がった目を向ける稲水を、まひるから奪い取るようにして、その胸にかき抱くハル。
「当然だ」
稲水はハルの豊満な胸に顔を埋め、泣いた。
「俺をただの人喰い怪物にしないでくれ」
そうつぶやきつつ泣きはらしていた。
「稲水、小さな声でいい、私の言葉を復唱しろ」
「え?」
「我が名はヴァンプ。永遠の時のしとねによりそい、地獄で裁きをくだす者。いってみろ、稲水」
「わ、我が名はヴァンプ!」
ハルの胸から顔を上げた稲水は力強く
「そうだ、いいぞ、稲水。おまえはヴァンプ。決して蛮夫にはなり下がらない!」
「俺はヴァンプ。永遠の時のしとねによりそい、地獄で裁きをくだす者」
「もう一度!」
「我が名はヴァンプ!」
「よし稲水、よくいえた。おまえはこれから人肉を求めて苦しむだろう、だが堪えろ。久永と連携して凶悪な殺人犯をおまえに喰わせてやる……できるな、稲水」
うんうんとハルの胸でうなずく稲水。
「そうか、いい子だ。それでこそ、私の稲水だ」
「あーん、春乃さま!」
アタシもアタシも、とステンドグラスの破片が刺さる頬を押しつけてくるまひる。そのチクチクとした痛みにハルは苦笑いを浮かべる。
「せめて……稲水さまがご無事でようございました」
心優しきヴアンプ、幸嶋が涙を落とした。今日は人が死にすぎた。
「幸嶋さん、ありがとう」稲水はかさぶただらけの口からいくぶん血の朱に染まる白い歯をこぼし、目を閉じる。「だけど、疲れた。このままハルの豊かな胸に埋もれて眠りたいよ」
「……なに?」
「え? 稲水さま?」
ハルだけではなかった。まひるまでもが眉をひそめ、鼻にしわをよせた。。
「ところで稲水、彦佐からボコボコに殴られたはずなのに今回は差し歯が取れていないようだな」
「あ? ああ、まあ、たまたまだろう」
「ふん、私の紹介した歯科医はよほど優秀だったらしい」
「ああ、そうだ、きっとそうだ!」
幸嶋の知る限り、稲水は歯科医になど一度もかかっていない。
「彦佐討伐の援護をしてくれた
ハルはよろよろと立つ稲水を胸から離し、幸嶋へとあずけた。そして煤だらけのチャイナドレスの胸元を大きく開いた。白のスポーツブラにつつまれた豊満な胸がのぞく。
「な、なにするんだ、ハル!」
あわてふためく稲水を軽く、しかし妖艶にいなすハル。
「褒美だといっただろ? なま乳に埋めてやる」
「なにもこんなところで! ふたりが見てる!」
ハルはブラジャーを脱ぎ捨て、胸を盛っていたパッドを落とした。そしてあまりにも貧弱な、十代前半の少年のような薄い胸に乳首だけが女性を思わせる薄桃色の肉感をさらして見せた。
「稲水……おまえ、誰だ」
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます