第4章 クローズドサークル 12 アンフェア

 まひるに従い階段を上っていく三人の男たちを見送るハル、そして幸嶋。

「春乃さま、本当に蛮夫Xが吉田を殺した犯人なのでしょうか。三年前の事件と吉田に接点があるとは考えにくいのですが」

「そうだったな。その説明がぬけていたな」

「はい。根拠をお聞かせいただけないでしょうか」

「幸嶋」

「はい」

「根拠は察しろ」

 タバコに火をつけるハルの表情をうかがう幸嶋。

「……ただの勘、でございますか」

「さっきもいっただろ、この世にそうそう蛮夫がいてたまるか! おおかたの目星はついているのだ。それもこう、ここまででかかってるんだが……」ハルは煙を吐きながら自身の胸元を叩く。「蛮夫Xと我々の接点、そこに確証が──」

「名推理だったのにつめが甘いな、ハル」

 階段用の昇降リフトに乗った車椅子が地下礼拝堂へ下りてきた。朝子への感傷からか目元を赤くした稲水であった。

「ふん、稲水。朝子への追悼は終わったのか?」

「ああ、俺には今、ハルがいるから」

「……バカが!」

 少し照れたようにサングラスを軽く持ち上げ、稲水に火のついたタバコを投げつけるハル。

「でもさすがだなハル、すごい推理だった」

「あたりきしゃりき、といいたいところだがな」ちょいちょいと指先で稲水を引きよせるハル。「元々あの三人の中には朝子殺しの一端をになったという意識が見え隠れしているようだった。だから私の目は明滅し、判断を下せなかった。そしてチクチクとつつくことを思いついたんだ。連中は人ではない化け物を駆逐しただけだと思いこむことで自身の心を守っている、そう気づいたからな。

 朝子が人になりたがっていた、すでになりかけていたという話になった時、連中の中に、特に日下部の中に殺人を犯したという意識が強烈にめばえはじめた。堤防の堰を切るようにな。そうなればこちらのものさ。ランランと目が赤く光ったね、黙っていても殺しの現場イメージが伝わってきた。ほら、前に幼女殺しのビジョンを稲水に見せたことがあったろ? あれだ」

「なんだ、ズル? アンフェアかよ」

「なにがアンフェアなものか、出会った時に稲水へ提示していた自身のスキルを有効活用したまでのこと。朝子があの三人に股間や肛門へ塩ビパイプを刺されるシーン、見たいか?」

「見たいわけないだろ、そんなもん! で? 蛮夫Xの顔は見たのか? 誰なんだ、実行犯は!」

「…………」

「なんだよハル! もったいつけるな、幸嶋さんだって知りたいよね? 蛮夫Xの正体」

「はい!」

 息せききる幸嶋。車椅子の車輪をつかむ稲水。タバコの煙を天井へと吹きつけるハル。

「……それなんだがな」

「早くいえよ!」

「連中の深層心理によほど深く入りこんで恐怖を植えつけているらしい。蛮夫Xの顔はモザイクがかかったように見えなかった」

「マジで!」

「ああ。だから私も川上たちを追求しなかった。彦佐レベルとは次元の違う蠱惑の使い手のようだ」

 驚愕する稲水の前に進み出る幸嶋。

「納得いたしました。それほどの凄まじき蠱惑を使う者であるならば、あの吉田が倒された理由も噛みわけることができます」

「仇はうつ、幸嶋」

「もちろんでございます、春乃さま」


 ──それはなんの前ぶれもなく、地下室から地上へとつづくコンクリート製の階段をゴロンゴロンと転がり落ちてきた。それ、いや、それらは次々と血車のごとく鮮血を噴き出しながら、トントンと跳ね、礼拝堂のフローリングへと投げだされた。

 それら三つは大きく眼を見開き、口を開いた状態、つまりは仰天した時の表情そのままの権藤、巻本、日下部の生首であった。

「な、なんだ―っ!」

 ハルが叫んだ。稲水の車椅子、その足元にぶつかり、ぐちゃりと静止したのは権藤の首。

「ひぃ!」

 ボールのように転がる巻本、日下部の首を両手で受けとめて言葉もない幸嶋は、はっと階上を見上げた。

「まひるは、まひる!」

 頭を半分つぶされ、顔をトマトのごとく赤く染めたまひるがポーンと円弧を描いてほうりだされた。素早く彼女を抱きとめたハルは目をむいた。

 その頭上に立つ男はくちゃくちゃと咀嚼そしゃく音をたてながらなにかを喰っていた。もちろん引きずりだされた権藤ら三人の心臓である。

「やあ、お晴さん」

「彦佐、てめぇ……あ?」

 ぎくしゃくとした不器用な動きで階段を下りてくる、まだやけどによるびらんが残る全裸の彦佐には両耳、両腕、両脚が備わっていた。しかしまだうまく動かせないようである。

「ああ、耳とこの手足? ちゃんと復旧するまでもう少しかかるかな」

「どうしたんだ、その腕や脚」

 ハルは身がまえながら、稲水の車椅子を祭壇の方へと押しやり、意識のないまひるとともに幸嶋へとたくす。

「一番若そうな男に僕の血を飲ませて蛮夫にした。その上でパーツをいただいたってわけ」

「なんだと、川上を蛮夫にしたのか! なんてことを!」

「うまく再生できるか不安だったんだけど、どうやら大丈夫みたいだ」かつて川上のものであった右足をドンとフローリング床へと踏み下ろす彦佐。「ただ、こいつの方が僕より腕や足が長いみたい。まあ時代が違うから体格差は仕方ないか」

「川上はどうなった!」

「さあ、上でのびてるよ。でも蛮夫にしてあげたから死んでないんじゃない?」

 電動車椅子をバックさせながらも、武器になりそうな物がないか周囲を見まわす稲水。ぴょんぴょんと準備運動のように跳ねる彦佐の正面に対峙するハル。

「蛮夫に、してあげただと……」

「お晴さん、探偵ごっこをしていたんだって? 僕さぁ、おかげさまで最近、耳がよく聞こえなくなっちゃったから知らなかったよ。謎解きの際、名探偵が関係者全員を集めるのは定石。僕だってある意味、関係者じゃない? 仲間に入れてよ」

 全裸の彦佐は、ハルの顔面にねっちりと近づき、ガンを飛ばしながら、醜く焼けただれ、頭髪すら失われた頭を片手でつるりとなでた。

「彦佐、耳も利かないくせに今日この日のことをどうして知ったのだ」

「うん、ありがたいことに親切な誰かが教えてくれたんだ」

「なに? 誰だ、それは」

 もしかしたら蛮夫X。とっさにハルの脳裏をよぎったのは謎の男。

「さてね、どこの誰なのかは知らないし、顔も見てない。声が聞こえただけだから。僕はほら、こんな身体だからさ人を喰うにしても遠出はしづらいでしょ? 人間がここに五人も集まると聞いちゃ、我慢できないよ。そうそう、吉田って怪力執事は死んだそうだね。これで戦力は半減だ。今回は負けないよ、お晴さん」

「ほざくな! 殺してやる」ハルはすでに白色の砂の塊と化していた権藤、巻本、日下部の首を見わたした。「殺してやる……」

「また殺す? 相変わらずバカのひとつおぼえだねぇ。さて、全快するには人を喰らうのが一番、残りのひとりを喰わせてよ」

 目をむいた彦佐は、車椅子の稲水をねめつける。そして権藤の頭だった砂山をボクンと右足で踏みつぶし高く跳躍、幸嶋の背後にいる稲水におどりかかった。だが、ハルのダッシュ力がわずかに勝り彦佐を跳ね飛ばし、稲水から引き離す。空中でもみ合うふたり。胃液を吐きかけるかまえの幸嶋も、組み合うハルにかかる危険を恐れ、タイミングをつかめずにいた。落下したハルと彦佐は互いにマウントを取りあってゴロゴロと床を転がっていたが、ついに彦佐の右腕がハルの細い首をつかんだ。

「幸嶋、今のうちにふたりを外へ!」

 彦佐に首を絞め上げられ、息も絶え絶えながらも怒鳴るハル。彼女の四肢は彦佐の胴にしっかりと巻きつき、その動きを封じていた。しかし、このまま首を絞められつづけていれば前回同様、意識を刈られてしまうかもしれない。

「たまらないな、お晴さん。チャイナドレスのスリット全開で、そんなにイチモツをこすられちゃ。それとも嫌かい? 醜く変わり果てた僕とするのは」

「ああ、嫌だな。醜い嘘にまみれたおまえと寝るなど金輪際な!」

「嘘か……嘘ねぇ。くくく、あははは!」

「もういい! 好きにすればいいだろ」

「だねぇ、そうさせてもらうよ。あなたの意識が飛んで、婦女子風情が身のほど知らずな口をきけなくなったらね!」

 ぐぐっとさらにハルの首を絞める彦佐。この時、頭を半壊されたまひるが目を開いた。

「まひるちゃん、大丈夫か!」

 叫ぶ稲水、抱きしめる幸嶋。

「春乃さま!」

 意識朦朧ながらもハルの苦境を悟ったまひるは幸嶋を振りはらい、彦佐へと突進しようとする。が、その手をつかむ稲水。

「離せ!」

「違う、まひるちゃん! アレ、アレ!」

 壁にかけられていた真鍮製らしき一メートル大の十字架を指さし、稲水は懸命に叫んだ。

「了解です!」

 妙なハイテンションで覚醒したらしきまひるは、稲水の意図を瞬時に察知、彼をかかえ祭壇へと急加速してステンドグラスへと頭から突っこんでしまった。頭や顔に割れたガラスが突き刺さり、さらに血をダラダラと流しつつも稲水を離さないまひる。この突発的な事態に悲鳴を上げる幸嶋。

「まひるちゃん、大丈夫!?」

「稲水さま、早く」

 壁面にフックでかけられていたにぶく光る十字架を、動かせる右腕でつかみ、引っこ抜き、稲水は槍のようにかまえた。

「いいぞ、まひるちゃん! いけぇーっ!」

「突貫ーっ!」

 急転直下まひるは、ハルに馬乗りとなり首を絞めている彦佐の背中めがけて急降下! 

「うぐぁああ!」

 背後から彦佐に突き刺さる真鍮の十字架、噴き上がる血しぶきの量からすれば心臓に達したに違いない。うめく彦佐の右手からいったん逃れたハルは首を押さえつつ、はだけた胸元と呼吸を整える。しかし彦佐は一瞬にして左脚で跳躍、稲水をかかえた状態で油断していたまひるのこめかみにかち割らんばかりの勢いで右拳を叩きこんだ。ふたたび意識を失い白目をむいた彼女は稲水を落とすとともに、フローリングの床に頭から落下、ものすごい音がした。どうやら今度こそ頭蓋骨が砕けたようだ。

 同様に背中から床へと叩きつけられた稲水は、呼吸困難に陥るもなんとか動かせる左脚で立とうとする、が、彦佐が見逃すはずもない。懸命に起き上がった稲水の顔面に左右ストレートの応酬。背中に十字架が突き立っていることなどおかまいなしで、その場にくずれ落ちた稲水の全身を殴打しつづけた。

「あんたを生かしておいたのは間違いだった。死にな、稲水さん──ぐはぁあ!」

 悲鳴を上げる彦佐。ハルであった。彦佐の背後に立った彼女はグリグリと十字架をねじりこむ。意識のない稲水から引き離し、そして十字の先端部をにぎり力まかせに押し入れた。ついに彦佐の背中から胸へ真鍮の十字架がつらぬいた。たまらず床へと転がる彦佐であったが、背に生えたような十字の横棒部分が引っかかり、ますます激痛が彼を責めさいなんだ。

「カトリック信者が見たら怒られるな、こんな使い方」笑みを浮かべるハル。「無宗教の日本人でよかったよ! 幸嶋、こい!」

 ハルは、目まぐるしい展開についていけずにいた幸嶋にはっぱをかけると、彦佐の胸から突き出した真鍮棒をつかみ舞い上った。そして動かない稲水とまひるに目をやり「すぐ助ける」といい残し、ジタバタと暴れる彦佐を吊り下げ、猛スピードで階上へと昇っていった。

                            (つづく)

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