第4章 クローズドサークル 8 地下礼拝堂

 地下の礼拝堂へ集められた三人は互いに互いの目を見ることなく、居心地の悪さを感じているようであった。

 天井は低いながらもアール状の梁で構成されており、祭壇上には一メートルほどの十字架が飾られているものの、長椅子は撤去され、灯りの灯らないステンドグラスはもはや形骸化している。壇上脇に設置されているオルガンも鍵盤を叩いても音を鳴らすことはなさそうであった。そこは祈りを捧げる空間というよりも小ぶりの宴会場といった方が的確であろう。地上へとつながる階段は祭壇と対局の位置、いわゆる背中側に一本あるのみであった。

 用意された猫脚の椅子にもかけず、ウロウロと歩き回る巻本。中心に据えられたテーブルに顔をふせてガタガタと貧乏ゆすりをしている日下部。余裕を見せつけるように足を組み、コーヒーの香りを楽しんでいるような川上。

「皆さま、昼食はおすみでしょうか? もしまだでしたらご準備いたしますが」

 背面の階段から下りてきた幸嶋の言葉に激高する巻本。そして日下部。

「そんなのはいい! とっとと話を終えて帰りたい!」

「食欲なんてあるはずないでしょ!」

 そんなふたりを見て薄ら笑いを浮かべる川上。

「ボクはいただこうかな、サンドウィッチのような軽食で。稲水朝子殺しとやらには無関係だからね。そんなにイライラとしてる方がおかしい」

「わ、ワタシだって無関係だ! ただ、こんな理不尽が許せないというだけだ」

「理不尽、でございますか?」

 幸嶋の問いに壁を殴る巻本。

「どうして来る気になったのか自分でもわからないんだ。理不尽だろ」

 テーブルに突っ伏したまま、うんうんと首を縦に振っている日下部。

「お食事は川上さまだけでよろしいでしょうか?」

「おい、無視するなよ!」

「いいんじゃない、それで」

 三人に頭を垂れて階段を上っていく幸嶋。巻本はいきなり川上にくってかかる。

「あんた、なあ!」

「来ちゃったんだから仕方ないでしょ? 落ち着きましょうよ。どんな情報を美貌の女主人が持っているのか、知りたくはないんですか?」

「それは気になりますが……」

 おどおどと顔を上げる日下部。

「ボクは茨城まで帰らなきゃならない。そう、ボクだって早く帰りたい。食事休憩なんかはさみたくないんですよ。用意してもらえるのなら、ここで食べていった方が効率的だ」


 巻本と日下部が階上の幸嶋に向かって、サンドウィッチをくれと怒鳴っていた。監視カメラのモニターを見ていたハルがふふふんと笑う。

「三者三葉、なかなかにおもしろいな」

「川上ってハンサムだよな。あいつだけなら朝子が惹かれたのも納得だけど」

 かたわらの稲水がつぶやく。

「ふん、まひるの好感度も爆上がりのようだ」

「あの三人を見て、どうだハル?」

「どう見える?」

「目……光ってる、のか?」

 いつものような圧倒的な赤い光輝はそこになく、彼女の目は電池が消耗した電灯のごとく鈍く、ほのかに明滅しているようであった。

「なんなんだろうな、こいつら」

「誰を見てこうなってる?」

「わからん。しいていえば、三人まとめてだな。こんなことはかつてなかった」困惑しているもののハルは笑った「まあいい、時間をかけよう。簡単すぎてはおもしろくもない」

「直に確かめるしかないな」

「うむ、モニター越しだからな。そろそろ出張るか、美貌の女主人が」ハルはサングラスをかけ、立ち上がった。「ただし稲水はここにいろ」

「なんでさ? 俺は当事者だぞ」

「だからだ。不倫相手の旦那がいては連中も話がしづらいだろ。自由闊達なディスカッションを楽しめん。意見や質疑があれば、そこのマイクで私に伝えろ。いいな」

                               (つづく)

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る