間違いだらけの時計台

エリー.ファー

間違いだらけの時計台

 ひたすら南に歩き続けて三日。

 ようやく、街に着いた。

 街の名前は。

 いや。

 言うのはやめよう。

 別に街の名前が重要なわけではない。

 街を構成しているのは名前ではなく、人間であり、つまるところは町民だ。

 街の至る所には選挙のポスターが貼ってある。

 どうやら、町長選挙が近いようだ。

 候補者は三人。

 一人目は男性。

 肩幅があり、顎が割れている。いわゆるスポーツマンというやつだろう。綺麗で、清潔で、王道そのものという感じだが何となく嘘臭い。笑顔のせいだろうか。いや、雰囲気か。

 二人目は女性。

 色黒で背は低く、唇が血のように赤くて歯は太陽の光を反射する雪のように白い。耳が尖っていて、髪は何とも形容しがたいものだった。ジェットコースターを悪ふざけで建設してしまったような感じ、と言えば分かりやすいだろうか。こちらもかなり嘘臭い。

 三人目は男性。

 一人目と違って、今度は線が細く背が高そうだった。ただ、笑顔の嘘臭さは一人目よりも強かった。黒髪の七三分けであり、眼鏡をかけていた。分かりやすく真面目であることをアピールしているのだろうが、それ故に浅はかさが透けて見えた。

 選挙ポスターには、とにかく悪口が書かれていた。

 不正選挙が行われるに決まっている。

 汚職まみれ。

 街を良くしたいと思っていないくせに。

 この街の敵が三人もいる。

 投票したい候補者がいない。

 死ね。

 町長の権力を掴みたいだけの三人。

 他にもあるが、とにかく散々である。

 ただ、町長選挙ということで、街自体は盛り上がっているので出店で食べ物を買いながら歩いていると、一際大きい建築物を見つけた。

 時計台だった。

 余りにも大きい。

 イギリスのビッグベン。

 いや、それ以上。

 デザインも古めかしいもので、おそらく何百年と建ち続けているのだろう。

 隣を歩いていた男が私の肩を叩いた。

「あんた、この街、初めてかい」

「えぇ、旅をしておりまして」

「あぁ、そうかい。ようこそ」

「それで、あの大きな時計台なんですか」

「あぁ、とんでもなく大きいだろう。ただ、なぁ」

「ただ、なんですか」

「あんた、時計、持ってるかい。自分の時計と確認してみるといいよ」

 私は腕時計の時刻を確認した。

「あっ、ずれてる」

「そうなんだよ。その通り。最初は正しかったんだが、ことあるごとにどんどんずれていったんだ」

「えっと、何かあったんですか」

「飛び降りだよ、飛び降り自殺だよ」

「時計台からですか」

「違うよ、時計台の歯車とかあるだろ。その中に向かって飛び降りだよ。もう、歯車に潰されてぐちゃぐちゃさ」

「それは、その、想像したくないですね」

「だろ。で、そうやって一人自殺すると、必ず一分ずれるんだよ」

「直せばいいじゃないですか」

「直したさ。でも、ずれるんだ。一人、自殺していれば必ず一分ずれて、また一人自殺すれば二分ずれる。三人目が飛び込めば、三分ずれる。今じゃ、十五人も飛び込んでる」

「自殺した人たちに共通点のようなものはあったんでしょうか」

 男は目を大きく広げると笑顔で私の肩を強く叩いた。

「そう、そうなんだよ。皆、悪人だったんだよ」

「例えば、その、盗人とか」

「そう、最初に一分ずれた時に飛び降り自殺したヤツは盗人だった、次のヤツは結婚詐欺師、その次のヤツは誘拐犯だったなぁ。でも、不思議なのは、自殺って所なんだよ」

「自殺がそんなにおかしいのですか」

「死んだ悪人共は、自殺するような雰囲気じゃなかったって言われてるんだよ。悪びれる様子もなかったらしいし、自殺するような動機も持ってなかったんだ」

「確かに、変ですね」

「今じゃ、時計台が街の治安を守るために悪人を食べてるって言われてる。だから、通称、人食い時計台」

「なるほど」

 私は時計台を見つめる。

 もちろん、表情はない。どこかを睨んでいるようにも見えない。

 ただ淡々と、飲み込んだ命の数だけ、ずれた時刻を伝え続ける人食い時計台。

「まぁ、旅人さん。町長選挙で盛り上がってるし、この雰囲気を楽しんでね。じゃあ、これで」

「あの、十五人が飛び込んだんですよね」

「そうだよ」

「でも、私の時計を見る限りずれは十五分じゃなくて」

「あぁ、十八分だろ。そろそろずれると思ってたんだ」

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