レイナとアリサとユノ
月峰 赤
睡眠カードゲーム
私立等々高校には東西に分かれて校舎が二棟ある。
東側には基本となる教室が1階から3階を占める。
西側には各教科を学ぶための教室や体育館があるが、それらは各階に備わっている渡り廊下で繋がっている。
渡り廊下は多くの人が行き来するため幅は広く、およそ20mにもわたっているのが特徴だ。しかし本来の通路としての役割は半分ほどしか生かすことが出来ずにおり、残りの半分は学生のための溜まり場となっている。
一応学生たちも通路の真ん中に陣取ったりはせず、端の方でそれぞれ楽しんでいる。
藤岡レイナもその一人だ。昼休みになると友人たちとお昼ご飯を食べに行くのが恒例となっている。レイナ以外に二人、髪をポニーテールにしている快活そうな少女ユノと、御団子にしている少女アリサとで小さな輪を作っている。
ユノはとうにお昼を食べ終えて、カバンをゴソゴソと探っている。アリサはそれが何をしているのかを理解しているのだろう、手には分厚いカツサンドイッチを持ちながら、わくわくとした表情でユノの動きを目で追っている。
また何か作ってきたんだなとレイナは苦笑した。ユノはしょっちゅう遊びを考えてきては昼休みに披露する。放課後には夜までバスケで汗を流しているというのに、そのアイディアや創作意欲はどこから湧いてくるのだろう。
母親の作ってくれたお弁当を食べながら待っていると、やがて目当てのものが見つかったのか、カバンから出てきたユノの右手には、とある紙の束が握られていた。
「じゃーーーん」と言って開かれた手には赤い市松模様の描かれた紙札が乗っていた。それはよくある玩具の一つであるトランプと何ら変らないように思えたが、ユノがわざわざ自慢げに出してきたのだから、そんな単純なものではないと悟った。
とはいえそれがどんな遊びに使われるのか見当がつかないので、とりあえずユノの顔を見る。何かを期待しているような表情は、いつもの通りだ。だからレイナもいつもと同じ返答をしてあげるのだった。
「何?コレ?」
レイナの返答に、隣で笑顔だったアリサはクスクスと笑いだすが、ユノは逆にガックシとうなだれてから、ぶっきらぼうなレイナにまくし立てた。
「もー、レイナちゃん!いつもそんな低いテンションでリアクションしないでよー。もっとキャーとか、うひょーとか、お主なかなかやるのぉとか言って欲しいんだよー」
「けどいつもおかしな遊び考えてくるから、テンションも挙げようがないんだよね。慣れたっていうかさ」
そう言ってお弁当のプチトマトを食べると、中身はすっかり空になっていた。弁当箱と箸ケースをオレンジ入りの布で包んでいく。
毎度毎度同じリアクションを取ってあげるだけでも褒めて欲しいと口に出そうになったが、寸でのところで止めた。別にケンカになることは無かったが、言う必要はないと思った。
そんなレイナに業を煮やしたユノは、しょうがないなあと言った後に説明を始めた。
「これは見た目こそトランプだけど、トランプじゃないの。とはいってもトランプだったものが実は白紙で、そこに私がいろいろ書いたのがこういう形になったんだけど」
説明するユノに今度はアリサがしびれを切らしていしまい、ユノが持っているトランプ?を手にして床にバラバラと広げていった。
「あー」というユノの言葉は置いといて、レイナもカードを覗き込む。
数字やマークが無く、いくつかのカードには文章が書いてある。隅の方には「R」「A」「Y」とあり、全てが手書きになっていて、少しずつ字の大きさが違っているのがユノらしかった。
トランプというよりカードゲームに近いモノに出来上がっている気がする。何十枚も作ってきたとなると中々の力の入れようだなと感心したのだが、カードに書かれている文章を読んでみると、意味が分からないものが多かった。
「恐竜と昼寝した…ってなにこれ?」
あきれ顔のレイナに対して、ユノは自慢げに胸を張った。
「それはね!わたしが見たい夢の内容を書いているの!みんなも見たい夢の内容をカードに書いたら、それを交換するの!」
「交換してさー、そのあとどーするのー?」
ふんわりとした声でアリサが尋ねると、ユノはキラキラした目をアリサに向けた。
「交換したら、夜寝るときにそのカードを枕の下に置いて、見た夢の内容と合っていたら1ポイント獲得!1週間でポイントが多い人が優勝!」
「いや、そんなの自己申告制じゃん。毎日見たことにすれば、絶対に優勝出来る」
そんなレイナの言葉に、2人は引いた眼をして答えた。
「それはダメ!ちゃんと正直に告白すること!」
「ずるはダメだよー」
ユノだけでなくアリサにまで咎められてしまって、レイナは何故か自分が悪いように思えてしまった。
そしてユノがカードを吟味しながら、それらをレイナとアリサに配っていく。レイナの目の前に重なるカードには、『A』の文字と『Y』の文字が書かれていて、中央部分は空白になっている。
数えると7枚あった。配られたカードを綺麗にまとめ直すと、それらを制服のポケットの入れる。
見たい夢を何個もなんて思いつかないが、まぁ帰ってからゆっくり考えるかと思案していると、同じくカードを渡されたアリサはそれらの中から1枚を手に取った。片方の手はスカートのポケットの中に入り、そこからボールペンを手に取る。アリサがお気に入りのネコとパンダがデザインされているタ色ボールペンだ。
「え?何?アリサ今書くの?」
レイナの声に、にこにこしていたアリサは、きょとんとした表情に変える。
「え?レイナちゃん書かないの?」
「だってそんな何個も書けるものじゃなくない?ていうか今ここで遊べるゲームじゃないんだから、今日中に書いて明日提出でいいじゃない」
「私は書けるよー。見たい夢いっぱいあるもん。それに今書いておけば、今日の夜から出来るんだし、明日なんて言ってるのは悠長だよ、悠長ー」
アリサの煽るような物言いはいつものことだったが、同じくいつものようにレイナは乗っかってしまう。
「はぁ?そんなのすぐ書けるし。でも今はペン持ってないから放課後ね」
そう言って困ったことになったレイナだが、午後の授業中に考えれば間に合うかと考えを巡らせところ、目の前にボールペンが突きだされた。アリサがお気に入りのネコとパンダがデザインされているタ色ボールペンだ。彼女は気に入ったものばかりを使うリピーターであるのを思い出した。
「はい、レイナちゃんの分。ほらほら早く書かないとお昼休み終わっちゃうよー。終わってないのレイナちゃんだけになっちゃうよー」
その言葉はレイナをたき付けるのに充分だった。レイナはボールペンを手に取ると、「おいしいごはんを食べたい」と書き殴ったのだった。
自分のカード以外が手元にある形となり、それらを各自持ち帰る。その日の夜、自室の机に向かってレイナはカードを見直していた。どれもこれもが破天荒な内容になっていて、本当に見たい夢なのかと疑うほどだった。そもそも自分が見たい夢なんだから、それを他人が見る意味があるのだろうか?
これを枕の下に入れて夢をみるなんて迷信みたいなこと、今だにやる人がいるんだなぁ、それがあの二人なんだよなぁと思ったが、もしかしたら本当にその夢が見えるのかもと少しわくわくしている自分もいた。
カードを1つに束ねて机に置く。一つ息を吐いて体を伸ばすと、座っていた椅子が軋む音がした。
決めたルールは『正直に告白すること』だけ。枕の下に入れるカードの枚数は決められていない。7枚全て入れれば複数の夢をまとめて見られるかもしれない。そうすれば最大7×7日間で49ポイントが手に入り、大きく差をつけることが出来る。少なくとも負けることは無いだろう。
口元がほころぶ。見た夢は正直に話すし、ズルでもない。ルールの穴を付いた正当な攻略方法だ。
そのとき、机に置いていたスマホから通知音がなった。見ると3人のグループチャットにメッセージが来ていた。アリサの名前の下に「枕の下には1枚だけ入れよーねー」と書かれているのを見て、危うくスマホを落としそうになっていた。心臓が激しく動くのが分かる。
あまりのタイミングに、思わず部屋の中を見渡した。カーテンは締まっているし、当然自分一人しかいない。誰かがのぞいていることはあり得ない。
再び通知音が鳴る。今度はユノが「昼寝はあり?」と返信するとすぐにアリサが「夜だけだよー」と返す。
いつもの他愛無いグループチャットに戻っていく。なのに自分だけが、この二人から遠ざかっていく感覚に襲われた。
レイナはゆっくり息を整え「あたりまえじゃん。わたしはもう寝るよ。おやすみ」とだけ打ち込み、いつもは枕の近くに置くスマホを机に置いたままにして、重なったカードから一枚を手に取るとベットに向かう。その後通知が、ポン、ポンと連続でなる。おやすみと返してくれたのだろう。その返信を見ることなくそのままベットに入る。
再び、ポンとなった。
その通知も見ないことにした。カードを枕の下に入れてから、机に背を向けるようにして眠りに付いた。
次の日の朝、お互いに夢の報告をした。
「レイナすごい!本当にカードの夢を見たんだ!」
「あ…うん、まぁね」
寝不足気味のレイナに対して、朝練を終えたユノのテンションはいつも以上に高い気がする。
そんなレイナの表情を、アリサはじっと見つめている。心の奥を見られているような気がした。
「すごいねーレイナちゃん。それで何の夢を見たの?」
「あー、うーんとね…3人で遊ぶ夢だね」
そう言うとアリサは、ぱぁと表情を喜ばせる。
「私が書いた夢だー。いいなぁレイナちゃん。私がその夢を見たかったのにー」
「ちなみにわたしが見た夢は、雪が降ったと思ったらそれはお米で、積もったお米がおにぎりになってお腹がいっぱいになったという最高の夢だった!おいしいごはんを食べたいというカードだったから、わたしも1ポイントだな!」
ふふんと自慢げに話すユノに対して、アリサは残念そうに首をもたげた。
「私は全然違う夢だったから、0ポイントかー。今日こそはいい夢見るぞー」
ユノとアリサは二人で、おー、と仲良く声を合わせる。
そんな二人を見ながら、レイナは今朝見た夢を思い出す。確かに3人は出てきた。レイナとユノと、そしてアリサ。3人で何かを話しているが、正確な言葉までは聞き取れなかった。ユノが他の2人に手振りを交えて話しかけているから、また新しい遊びを考えて来たんだなという意識はあった。
それに対して、アリサはいつまでもこちらを見ていた。口は動いているけれど、それがユノと会話しているようには思えなかった。
やがて3人はそのままの状態で離れて行く。それぞれがどこに向かっているのか、それはレイナ自身にも分からなかった。
レイナとアリサとユノ 月峰 赤 @tukimine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます