犬ぞりと難破船

北の果ての海辺の町は、冬になると一面氷に閉ざされるのでありました。内陸に連なる高い山脈の尾根が、町を囲むように裾野を広げております。その為、町は冬になると外界からの交流が殆ど無くなるのです。

海辺の町には、今年も沢山の流氷が流れ着いていました。水平線の彼方まで続くそれらは、何とも壮大なものであります。特に、朝焼けや夕焼けに照らされた時には、息を飲むほど美しい景色でありました。

ここいらの海では、海難事故が多くありましま。ことに冬になると、流氷を上手く避けきれない船が多くあります。そんなことがあるせいか、いつしか亡霊が乗った船が現れるといった噂が囁かれるようになったのであります。

ある日の早朝のこと、漸く空が白く輝き出し始める、まだ日も顔を出さない時分のことです。いつものように門兵が町の見回りをしていた時、海を見ますと、ぼんやりと黒く帆掛け船の影が見えたのであります。と思ったのも束の間、船は音も無く海の中へと消えていったのでありました。

「あっ、これはいけない。」

門兵は急いで駐在所に向かい、仲間に事の顛末を話します。その後、船の捜索が行われましたが、一向に見つかる気配はありませんでした。それどころか、船が沈んだ跡すら無かったのです。これには皆首を傾げました。

また別の日、この日は良く晴れた青空が広がる日でありました。水平線の彼方まで、美しい青が続いています。すると遠く流氷の上を、一匹の犬ぞりが走って行くのが見えたのです。犬ぞりは水平線へと消えていったのでありました。さて、町は亡霊が出たと大騒ぎになりました。

その日の夕方、町の沖合で一隻の船が流氷に乗り上げたのであります。乗組員は救助船に避難をして、全員無事でありました。帰還した乗組員達は口々に、遠く流氷の上を犬ぞりが走っていくのを見たと言ったのであります。誰もが亡霊の仕業だと思ったのであります。海難事故の亡霊達が呼んでいるのだと皆が恐れ、町総出で慰霊碑を建てることを決めたのであります。

砂浜の外れの崖下に、祠があります。かつて無事に船旅を終えられるようにと建てられたものでありました。慰霊碑は祠の近くに建てられました。慰霊祭の最中さなか、海に目を向けると、夕日に照らされた流氷の上を、一匹の犬ぞりが走っていきました。皆はそれに向かって手を合わせました。犬ぞりは夕焼けの中、遠く水平線の向こうへと消えていったのでありました。

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