人命の分かれ道

鳩原

人命の分かれ道

 ……こんな豪邸、建てるのにいくらかかるんだろうか。衛星写真でも使わない限り一望はできないぐらいでかい。ふう、金持ちとは知っていたが、こんなでかい家だとは。羨ましいことこの上ない。……おっと、見とれている時間はない。早く仕事を済ませなければ。立派な門についたチャイムを鳴らすと、しばらくしてゆっくりと開いた。出てきたのは、執事らしき男だった。

「ようこそいらっしゃいました。富良成也ふらせいや先生でございますね?」

「ええ、こちらが身分証明書です。それから名刺も」

「はい、たしかに。ではこちらへどうぞ。」

しかし、広い廊下だな。沈みこむような絨毯を踏みしめながらついていく。数メートル歩いたところで、執事が不意に立ち止まった。

「ここからはエレベーターに乗っていただきます。」

「……分かりました」

まず俺が乗り、執事がそれに続いて操作をすると、エレベーターは滑るように上がった。それにしても、5階建ての家といい、エレベーターといい、流石に景気がいい。

「主人は5階におります。しばらくお待ち下さい。」

執事が扉を開くと、意外に痩せていて穏やかな男が立っていた。

「こんにちは。私、例の医療研究センターの富良と言う者です。」

「こんにちは。よく来てくれたね。知っているかもしれないけど、僕が金野グループ会長の金野猛舎かなやたけいえ。」

知ってるも何も、金野グループを聞いたことない奴なんていない。全世界、全分野においてほとんどシェア一位か二位にいる大企業で、その功績は初代の敏腕社長、即ち俺の目の前に立っている男の影響が大きいらしい。この家の維持費だけでいくらするのだろうか。俺みたいな薄給研究者には想像もつかない。

「さて、いきなり本題に入るけどね。分身を作れる薬なんて本当にあるのかい。」

「ええ、あります。プラナリアという動物、ご存じですか。」

「ああ、あの真っ二つに切られても分裂するやつだろう。」

「はい、そしてその分裂した二つがそれぞれ再生して二匹になるのです。プラナリアの遺伝子を元にした新薬を打ってからから一度切られると、二人になれるわけです。」

「しかし、脳みそが半分になって頭が悪くなるなんてことはないのかい。」

「いえ、実験で脳も100%再生することは検証済みです。」

「分かった、よし、それは素晴らしい発明だ。お礼ははずむから、僕にそれを使ってくれないかな。実は、大事な会議をブッキングしてしまってね。それにこれから、新しい分野にも手を伸ばしていくつもりだから僕が一人じゃ回らない程忙しくなるだろうし。」

「ええ、問題ありません。」

俺は注射器と消毒液を取り出した。

「身体の力を抜いて、動かないでください。……はい、終わりました。後は、お体を切断していただければいつでも分裂することが可能です。」

「わかった、早速やってみよう。桐見君、入ってきてくれるかな。」

「どうされました、ご主人様?」

「例の分裂の薬、打ってもらったよ。早速だが、チェーンソーか何かで僕を切ってくれないか。」

「かしこまりました、すぐにご用意いたします。」

桐見というのが、あの執事の名前らしい。どこかに電話をかけているようだ。それにしても、嬉々として自分を切ってくれるように頼むというのは中々シュールだな。まあ、仕事は済んだし、さっさと帰るとするか。

「それでは、私はそろそろおいとまします。何かご連絡がありましたら、桐見さんに名刺をお渡ししましたので、そちらにお問い合わせください。」

「分かった、ありがとう。桐見君、富良さんを送ってもらえるかい。」


 ニュースをお伝えします。多くの分野で世界シェア一位を占める金野グループ、その会長の金野猛舎氏が亡くなりました。死因は大きな痛みなどによるショック死。また、現場では何故か遺体を運ぶ担架が二台見られました。取材を行いましたが、警察関係者も事情を飲み込めていないようで、はっきりとした返答はありませんでした。当番組では今後もこの件を追っていきます……



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